蚊帳の外です
「オルトバーン!貴様キュいに何をした‼」
「ルー兄様⁉」
気付いたら私はルー兄様に抱きしめられていた。何故かボロボロのルー兄様は、さっきまで男の人が立っていた方を睨みつけている。
ーーーえっ⁉
ルー兄様の視線を追うと、さっきまで鬱蒼と生い茂っていた木々が、そこだけポッカリと丸く穴を開けたようになぎ倒されている。倒された木々は消し炭のようにプスプスと黒く煙を上げていた。
「な、ななな、なん、なんっ…」
「キュイ、大丈夫か?何もされてないか?」
ルー兄様の声に顔を上げると、ポタリ…と、私の顔に何かが落ちた。見開いた私の目に、頭から大量に血を流すルー兄様の顔が飛び込んできた。ポタポタとルー兄様の血が顔に落ちてくる。
「る、ルー兄様っ!血が、血があっ!」
「大丈〜夫!それはさっき僕がルー兄の頭を叩き割ったときに噴き出した血だからぁ」
それは大丈夫とは言わない‼って、気付いたらいつの間にかリュー兄様が側に立っていた。
「姉さま‼」
「どふぅっ!」
突然現れたランが勢い良く私の胸に飛び込んだ。と同時に、ルー兄様にクリティカルアッパーを食らわせ、ルー兄様は綺麗な弧を描きながら宙を舞った。
「姉さま!姉さまぁっ!僕すっごく心配しましたあっ!!」
ランは泣きじゃくりながら、私の胸に顔を擦り付ける。
「ラン…心配かけてごめんね。今度から黙って出ていかないから」
「約束ですよ!もう絶対僕を置いてかないって約束して下さい!もう一生僕から離れないって約束して下さい!!もう僕以外に指一本触れさせないと約束して下さい!!身も心も一生僕に捧げるとやくそ」
「ストォーーップ!!」
リュー兄様は私に張り付いていたランの首根っこを掴み、勢い良く剥がした。
「ドサクサに紛れてなぁ〜に邪な約束させようとしてるのかなぁ?この変態僕ちゃんはあ〜」
言いながらギリギリとランの首を締める。リュー兄様はものすっごい笑顔だけど、その目は全然笑ってない。
「……やれやれ、ブランルージュ子息が全員集合か」
木々がなぎ倒された奥から、鎧の男が土埃を払いながら現れた。
「ふんっ…生きていたか、オルトバーン」
「生憎と、あれぐらいの攻撃ではな」
いつの間にか起き上がっていたルー兄様が忌々しそうに吐き捨てると、男は表情も変えずに答えた。
「ルー兄様、もしかしてお知り合いですか…?」
「いや、全然知らない」
「え?」
いやいや、さっき名前呼んでたじゃないですか。
「俺とルーゼは同期で職場も同じだ」
「勝手に喋るなああぁっ!オルトバーンッ!!」
「え!ルー兄様の同期??」
「ああ、こいつとは幼い頃からの付き合いで仕事も…」
「貴様あぁっ!喋るなと言ってるだろうっっ!!」
チュドーーーンッ‼
またしても轟音が響く。
ルー兄様は右手から謎の青い光を男に向けて放ったが、男は無表情でひらりとかわした。
「相変わらず頭に血が上りやすい奴だな、ルーゼ。少しは落ち着いたらどうだ」
「黙れオルトバーンッ!貴様が死ぬまで落ち着いていられるか‼」
男は顔を真っ赤にしながら叫ぶルー兄様を一瞥すると、ルー兄様の腕の中にいた私に視線を向ける。すると、リュー兄様とランが、私を隠すようにすっと男と私の間に立った。
「ちょっとちょっとぉ〜、うちの可愛い妹、ジロジロ見ないでくんな〜い?」
「あなたのそのいやらしい視線で僕の姉さまが汚れるので、即刻その目を潰した後に謝罪して下さい」
ルー兄様のお友達(?)に向かってそんな言葉っ!と内心焦りながら見ていると、男は怒った素振りもなく、じっと私達を見ていた。
「…ふむ、やはりブランルージュ家は娘を隠していたか」
男は顎に手を当てて何やら納得している。
「ふんっ、だから何だ!キュイはお前にはやらんぞ!」
「あ〜あ〜、だからキュイを外に出したくなかったんだよねぇ〜」
「バレてしまったのはしょうがないでしょう。こうなったら、一生姉さまを家から出さないようにすればいいことです」
ちょっとラン、何勝手に決めてるの?兄様たちも「そうだな」じゃないでしょ!
「それは無理だな。その娘は正式に次期魔王乳母候補として選ばれた」
ーーーはい?
ジキマオウ?ウバコウホ??
首を傾げていると、突然身体中に鳥肌が立った。辺りの空気は重くなり、肌がビリビリと電気が走ったように痛い。
ーーー殺気だ。
ルー兄様もリュー兄様もランも、三人共ものすごい殺気と魔力を放っている。これはマズイ。
「今…、何と、言った、オルト…、バーン…」
ぶるぶると震えながら、低く、唸るような声でルー兄様が男に問う。
「乳母候補って、……ふふ、冗談でしょお〜?」
薄い笑みを浮かべるリュー兄様の周りの気温がどんどん下がっていく。
「…このおじさん何を言ってるんですかねぇ。姉さまが乳母?…ハッ」
ラン、よそ様に鼻で笑ってはいけません。
「もう一度言う。正式に次期魔王乳母候補として登城を要請する。当たり前だが拒否権はない」
「「「ふざけるなああぁぁっ!!」」」
三人同時に叫ぶやいなや、兄様達の手から一斉に破壊光線のような光が男に向けて放たれた。眩しさと何かが爆発したような爆風に、思わず目を瞑ってしまう。
「さすがブランルージュ家と言ったところか」
目を開くと、土煙の中に男の影が見えた。
段々と男の姿が現れると、いつの間にか男の前に透明の壁のようなものが出来ていた。バリバリと音がしたかと思うと、壁はガラスのように粉々に砕けて消えていった。
「無傷だと⁉ ……まさかオルトバーン、貴様…」
「……あ〜、何かすっごく嫌な予感〜……」
「こんな強力な結界……あのクソ爺いしかいませんね…」
何故だか三人共急に顔色を悪くしだした。
「察しの通り、俺はレザード様の命でここに来ている。こうなる事を予測して、俺に結界を施された」
「……オルトバーン、レザード様はキュイの事をすでに知っているのか?」
「ああ。と言っても、気付かれたのは昨日だ。先程お前の妹の魔力に俺が触れた時、レザード様も乳母候補だと確信したようだ」
「…レザード様とお前は、繋がっているのか?」
「一時的にな」
「………」
……話しがサッパリ分かりません。完全に私だけ置いてけぼりです。話に参加しようかどうか、ぼんやりルー兄様の顔を見ながら考えていると、視線に気付いたのか、ルー兄様が私の顔を見た。
「キュイ…、お前は誰にも渡さない」
ふっ…とルー兄様が一瞬微笑んだかと思うと、側にいたリュー兄様とランに目配せする。それに反応するように、リュー兄様とランが、あの破壊光線を男に向けて繰り出した。
「キュイ、しっかり掴まってろ」
言うより早く、ルー兄様は足下に魔力を展開した。見ると、移動用の魔法陣が地面に浮かび上がっている。いつの間にか魔法陣に入っていたリュー兄様とランを確認すると同時に、ルー兄様が魔法陣を発動させた。
「!!」
突然周りの景色が溶け出す。ギュッとルー兄様にしがみ付いた私の耳に、遠くから男の声が聞こえた。
「迎えに行く」
消えていく景色の中、男の低い声がはっきりと聞こえた。