乳母候補って何ですか?
「さ〜て、何処に行こうかなぁ」
ただいま怪しく蠢く珍妙な森を一人で散策中。見たことない形や配色の花を愛でつつ、気分は不思議の国へ迷い込んだアリス状態。う〜ん、楽しい!やっぱり一人で来て正解でした!
この前は兄様たちと一緒に来たせいで、はじめてのお出かけが散々な結果となってしまった。暴走したルー兄様は、あの後リュー兄様とランによってボロ雑巾のようになるまで殴る蹴るの暴行を加えられた後に、「キュイ、今度は二人っきりで来ような」と、血反吐を吐きながら清々しい笑顔で私に笑いかけて、リュー兄様とランからとどめの一撃を食らった。
「もう絶対にルー兄様とはお出かけしないわ」
私の魔力に当てられたルー兄様は変態を超えるド変態と化し、被害にあった私は二度と一緒に外出しないと決めた。
ド変態と化したルー兄様は、以前にも増して過剰なスキンシップを発揮してリュー兄様とランからど突かれるようになり、それによって私を守る為という理由をつけてリュー兄様とランが私にベッタリ張り付くようになってしまった。
激しすぎる兄弟喧嘩(?)が日常化してしまい、自分の魔力に今さらながら責任を感じてしまいました。
「興奮するとついうっかり漏れちゃうんだなぁ、これが」
深いため息を吐いて、森の中をふらふらと歩く。今日はルー兄様が私の寝起きを狙ってベッドに侵入しようとしたのをきっかけに、リュー兄様とランが部屋に飛び込んで来て乱闘をはじめたので、私はその隙に一人でこっそり外に出てきたのでした。
「魔力が完全に抑えられるようになったら、普通のルー兄様に戻るのかな?それとも変態を治すお薬とか…」
ブツブツと考え事をしながら森を歩く。と、視界の隅で何かがガサッと揺れた。
「?」
もしかして兎さんかしら?と呑気に音がした方へ視線を向けると、ギラリと光る金色の目と目が合った。
「うぎゃっ!!?」
心臓が飛び上がるほどビックリした私は、同時に体も飛び上がらせ尻もちをついた。
ーーガサガサ
「ヒッ!」
薮をかき分け、出てきた姿に息をのむ。
漆黒の黒光りする鎧を全身に纏い、深い濃紺の髪が顔左半分を隠していたが、半分だけ見えている顔だけでもその顔が美しい造りをしていると分かる。だが、唯一見えている右目は鋭く金色に光り、まるで獲物を狙う猛禽類のようだった。思わず目を逸らすと、腰から下げている漆黒の剣が目に入り、ヒュッと喉がなった。
(殺される!!?)
サァーッと血の気が引くのを感じ、体がガタガタと震えだした。ジッと私を見つめていた男が、硬い鉄靴を一歩踏み出す。
途端、私の肩はビクッと跳ね上がり、逃げようとした足は震えるだけで動かない。男がゆっくり近づくのを、ただ見ているしかなかった。
「…………」
男は金の瞳でジッと震える私を見下ろす。鋭い視線が突き刺さり、視線で刺し殺されそうだ。怖い…!
「………す……いな…」
「……え?」
掠れるような声で呟いた言葉は聞き取れなかった。恐る恐る男の顔を見上げると、男は金色の目を見開き、私を食い入るように見つめていた。
「ひぃっ!!」
男が手を伸ばした。咄嗟に顔を伏せ腕でガードするが、難なく男に押し倒されしまった。男の鎧が、冷たく重くのしかかる。
(殺されるっ!!!)
お父様、お母様ごめんなさい。約束を破って一人で外に出たからこんな目にあってしまったんだわ。こんなことなら、たとえセクハラされてもお兄様たちと一緒にくるべきだった…。後悔先に立たず。自分の愚かさを嘆き、ギュッと目をつぶった。
ギュッギュッ
(……へ?)
モミモミ……
違和感を感じ、うっすらと目を開けると、男は籠手をはめた手で丹念に私の胸を揉んでいた。形を確認するようになぞり、感触を確かめるように大きな手の平で揉み込む。
(な、何これ……⁉)
呆然として、男のなすがままにされていると、急に男がフルフルと震えだした。
「完璧だ……」
「……え?」
「素晴らしい!!」
「!!!」
男は興奮したように叫ぶと、勢いよく私の胸の谷間に自分の頭をダイブさせた。その瞬間、ブワッとむせかえるような甘ったるい香りに包まれた。ブランデーのような甘く芳醇な香りが頭の芯を蕩けさせ、体はまるでトロトロに溶かされたように熱くなる。
(あ……、この香り……好き。もっと嗅ぎたい。もっと、もっと……)
私は無意識に男の頭を抱えこんでいた。男の髪に顔をうずめ、息を吸い込む。
(ああっ!!)
強烈な香りに心臓が跳ね馬のように暴れだす。背中がゾクゾクして、体が熱く燃えあがるようだ。もっと嗅ぎたい、もっと嗅ぎたい!もっと、もっとっ…!
「んんっ、チュッ……はぁっ…、ん、……チュウ……」
夢中で男の頭にキスをして、蕩けるような匂いに酔いしれる。クラクラする。ドキドキする。力一杯男の頭を掻き抱くと、服の上から胸の尖りを吸われた。
「きゃうっ!」
突然の刺激に思わず背中が仰け反る。ビクビクと体を震わせていると、男がふっと息を吐いた。
「俺の魔力に当てられたか…」
「……ま…りょく……?」
ああ、そうか…。この甘い香りは、男の魔力の香りだ。この香りに、私は魅了されてしまったのだ。
「悪いな。つい興奮して魔力を放出してしまった」
「あ……」
ふいに男は体を離した。離れていく体と香りに、私は無意識に男に縋りついていた。
「イヤッ、もっと!」
どうしちゃったの私⁉
見ず知らずの男に自分から縋りつくなんて!頭は必死に男から離れようとしてるのに、腕は勝手に男の背中にまわる。ぎゅうっと男を抱きしめ、胸一杯に香りを吸い込んで恍惚としてしまう。酔いしれるような香りにうっとりとしていると、ピクリと男が身じろいだ。
ーーーハッ⁉ ヤダ私、これじゃルー兄様と一緒じゃない!!
慌てて体を離すと、男がじっと私を見下ろしていた。
「俺の魔力は抑えた、だからお前も抑えろ。今度は俺が当てられそうだ」
「え?あ、はいっ!…ごめんなさい」
無意識に漏れていた魔力を慌てて引っ込める。
「……はぁ、まさか俺が魔力に当てられそうになるとはな」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、俺も悪かった。…理想の胸と出会って、つい興奮してしまった」
「そうなんですか……。ん?…胸??」
ポカンと口を開けると、男は難しい顔で立ち上がった。
「まさか、俺の理想の胸の持ち主が乳母候補とはな。最悪だ」
………うん?乳母?
「いや、これはむしろ好都合か?もし乳母に選ばれなければその時は俺が……」
ブツブツと何事か言いながら、難しい顔をしたりニヤリと笑ったり……何だろうこの人、ちょっと怖い。
「あ、あの〜……」
「…なんだ、乳母候補」
え、何その乳母候補って。
「その……乳母候補って何ですか?」
「乳母の候補のことだ」
「………え〜っと…」
それは分かってますけど!
何だろうこの人、怖い見かけによらずちょっとおバカさんなのかしら?
「あのですね、その乳母候補とはーー」
ーーーピカッ!
チュドーーーーンッッ!!
突然、目の前に閃光が走った。
目を瞬くヒマもなく、轟音が響く。次の瞬間、体が暖かい何かに包まれていた。