私の兄弟
魔族に生まれた私の世界は狭い。なんでかというと、生まれてから約80年間、今だ家から出してもらえないという超箱入り娘だからです!
理由はこの異常に溢れる魔力のせい。一歩外に出ようものなら、私の魔力に他の魔族が反応して、幼い私はすぐさま攫われてしまうだろう。と、お父さまとお母さまが言っていました。よって、私の行動範囲は家の中のみ。40歳(見た目4歳)になる下の弟は元気に庭で遊んでいるというのに、私は今だ家から出してもらえません。
「キュイ〜?どこみてるの?ちゃ〜んと僕のこと見てくれなきゃ、拗ねちゃうよ?」
「リュー兄さま…」
目の前で垂れ目がちの青の瞳が細められ、ふわふわの赤い髪が私の頬を撫でる。 チュッと唇と唇が触れたかと思うと、ペロリと赤い舌で舐められた。
ペロペロペロペロ……
いや、舐めすぎでしょ。
「リュー兄さま…、舐めないでください」
「うふふ、や〜だよっ」
ぐっと胸を押して距離をとっても、呆気なく引き戻される。ぐう、と口を引き結んで首をよじると、後頭部を抑えられさらに丹念に舐められた。
「ああ、キュイは本当に美味しいなぁ。匂いもいいけど、僕はこの甘い味が好きだなあ」
と言ってまたペロペロ…。実の妹を捕まえてその唇を舐めまくっているこの変態は、ブランルージュ家の次男、リューゼ・ブランルージュ。146歳(見た目14歳)。目もとのほくろが色っぽい美少年で、私の兄さまです。
「もう!兄さま、いい加減にしてっ」
ペチンとふわふわの赤い頭を叩くと、むぅ、と唇を尖らせる。
「いったあ〜…。キュイったら僕のこと殴ったなあ」
「だってリュー兄さまがしつこいからでしょ?」
「しょーがないでしょ。キュイが美味しいのがいけないんだもんね」
「⁈」
そう言って、がばっと身動きできないように私の上にのしかかると、ルー兄さまは少年とは思えない妖艶な笑みで私を見下ろした。
「可愛いキュイ。キュイは僕のものだからね、ルー兄にだってあげないよ。キュイは僕だけのキュイだから、僕だけが食べていいんだから」
うっとりした顔で言い切ると、リュー兄さまはベローンと私の口から鼻まで舐め上げる。
ギャアアアーー‼‼変態ーーーッ‼‼
わたわたとリュー兄さまの下で暴れていると、バリーンという音と共に銀色の塊が飛び込んできた。夢中で私の鼻腔を舐めまわしていたリュー兄さまはそれに気付かず、そのままその塊に吹っ飛ばされてしまった。
「リュー兄さま⁈」
鼻を拭いながら一応兄さまの安否を確認しようと起きあがると、今度は私に向かって銀色の塊が突っ込んできた。
「ぐえっ!」
「姉さま!!」
鋭いお腹の衝撃に幼女にあるまじき呻きを上げてしまうが、同時に聞こえた可愛らしい声にはっと顔を向ける。そこには、スミレ色した大きな瞳を潤ませて、銀のサラサラの髪をフルフル震わせながら私にしがみつく可愛らしい弟がいた。
「ラン⁈」
窓を突き破って兄さまを吹っ飛ばし、私に縋り付いて今にも泣き出しそうなこの可愛らしい子供が、私の弟、ラーゼ・ブランルージュ。三男です。
「姉さま!兄さまに何かされたの?嫌なことされた??」
「え、え〜と、大丈夫…。姉さまは兄さまと遊んでただけだから」
「嘘はダメ!だって姉さまの顔ベタベタしてる!また兄さまに汚い舌で舐められたんでしょ」
ポケットからハンカチを出して私の顔を拭いながら、「べとべと、ああ不潔、なんて汚い、兄さまの舌を切り落とさなきゃ」と呟いていたのは聞こえなかった。
「ラ〜ン〜…?兄さま、とぉ〜っても痛かったよお〜?」
硝子と窓の残骸からのっそり起き上がったリュー兄さまは、とっても綺麗な笑顔を浮かべていた。けど、笑顔のまま目もとをピクピクさせ、背中に黒いオーラを纏ったリュー兄さまは明らかに怒っているようだった。
「ごめんなさいリュー兄さま。でも姉さまに触れていいのはランだけなの。だからリュー兄さまは、もう二度と姉さまに近づかないでね」
私にしがみ付きながら、うるんとした瞳でリュー兄さまを見上げるラン。その後に「今度姉さまを舐めたらその舌を引っこ抜くから」と呟いたのは聞こえなかった。
「あはは!ランは面白いこと言うなあ〜。キュイは僕のキュイなんだから、触っても舐めてもいいにきまってるじゃないかあ」
「リュー兄さま、もしかして頭を打ってバカになってしまったの? 姉さまはリュー兄さまのものじゃなくて、ランのものだよ?」
「…ふふふ、ランってばホント面白いなあ〜。4歳児(見た目)ってこんなに話通じなかったっけ〜?それともランこそ頭打ったのかなあ?」
ゴゴゴゴゴゴ…と不穏な空気が部屋に渦巻いている気がする。これはいけない。っていうか、私は誰のものにもなってません。
「リュー兄さまもランも何言ってるの?キュイはキュイのものです。だからキュイはリュー兄さまのものでも、ランのものでもないです」
ガアアアァーーーン!!!
突然、リュー兄さまとランが雷に打たれたような顔をした後、2人同時にがくりとうな垂れた。
「うっ、うっ…。で、でも、ランはこうして姉さまとくっついてもいいよね?触ってもいいよね⁈」
ぎゅうっと私に縋り付きながら、うるうるの瞳で見上げるラン。きゅん!う〜、可愛いい!
「もちろん!だってランはキュイの弟だもん!」
小さな弟をぎゅうっと抱きしめると、ランは柔らかいホッペをスリスリと私の胸に擦り付ける。心なしか、手も一緒に胸をさわさわと撫でている気がするけど、きっときのせいね。荒い鼻息が聞こえるのもきっと気のせい。