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Beginning Place(1)

 仮初の平穏に終わりを告げるそれは、何の前触れもなく唐突に訪れた。

「……あ、もうすぐ三時……!」

 ソファに深く腰掛けてオルゴールの音色を聴いていたソフィアは、ふと目にした時計が示す時間に、目を見開いた。

 大市から一週間。ソフィアは毎日、オルゴールが奏でる音に耳を傾けていた。この一週間ですっかりと習慣化したが、今のところ飽きるような気配はない。

 だが、ソフィアはその穏やかな静けさを自ら破り、慌てて立ち上がる。ウィルときちんと約束をしているわけではないが、遅れるのは嫌だ。

 三時にウィルの執務室で彼にお茶を淹れてひと時を過ごすのは、ソフィアにとってとても大切な時間だ。クレムやアデルにもウィルに休憩を促すように、と頼まれている。

 そうでもしないと、ウィルはなかなか休憩を取ろうとしないから。

 けれど、それは自分にとっては都合のいい言い訳でしかないのだろう。休んで欲しい、無理をして欲しくないと思う気持ちも確かにあるけれど、突き詰めてしまえば少しでも一緒にいたいだけなのだと思う。

 本当に忙しい時は、ウィルは食事時にも姿を見せないのだ。ここ最近は休憩時間くらいしか顔を合わせられないことも多いので、尚更だろう。

 一週間前の言葉に嘘はなかったらしく忙しさの山場は越えたようだ。けれど、それでもウィルが多忙であることに変わりはない。アレクの結婚式兼戴冠式まで一ヶ月を切っているので仕方ないといえば仕方ないのだろうけど。

 そんなことを考えながら、オルゴールの蓋に手を伸ばし指が蓋に触れた、その時だ。

 指先に、ソフィアの意思とは無関係に強い力が集まる。身体の中を何かが流れるような感覚に瞬いた、瞬間。

 ぱしんという何かが割れるような音が静かな室内に嫌に大きく響いて、オルゴールに内臓された機械から白い煙が立ち上った。

 反射的に手を引きはしたが、もはや後の祭りだとその白い煙が物語っている。ソフィアは小さく息を呑んで、喉元まで出かかった悲鳴を噛み殺した。

 どうすることも出来ずに空中で行き場を失った手が、小刻みに震えている。

「……こ、れは……」

 指先がどんどんと冷えていっているのは、血の気が引いているせいだ。

 だって、来てしまった。終わりの時が。

 何の変調もなかったから、まだ猶予があると、傍にいられると思っていたのに。こんなに唐突に訪れるものだなんて思ってもみなかったのだ。

 震える手を胸元に引き寄せ、もう片方の手で包み込む。目を閉じて深呼吸を繰り返しすことで、ソフィアは何とか平静を保っていた。

 確認しなくても分かる。これは魔力の暴走だ。

 そうして自覚してしまえば、自分の奥深くで魔力が蠢いているのが分かった。

 ――ここを、離れなければいけない。本格的に魔力が暴走する、その前に。

 未だに、脳裏に鮮明に浮かぶ光景がある。ソフィアを庇ったウィルが腹を薙がれて倒れる姿。そして、ウィルと大事な仲間達に攻撃術を放つ自分。

 どちらも、もう二度と見たくない光景だ。

「ダメです。絶対に……!」

 そう思えば、小さくなるこそすれ収まる気配のなかった震えがぴたりと止まった。

 我ながら現金だとソフィアは小さく苦笑し、踵を返しかけ――視線が、オルゴールで止まった。

 本当に一瞬だけ、ソフィアの薄紫の瞳が大きく揺れた。けれどソフィアは、唇を噛み締めてその感情をやり過ごす。

「……ありがとう、ございました」

 ソフィアはゆっくりと頭を下げた。本当はごめんなさいも言いたかったけれど、それを口にするとウィルに怒られそうな気もしたので、心の中だけでこっそりと謝罪を加えて。

「……さようなら」

 そう言って頭を上げたソフィアは、そのまま駆け出す。

 翼を失ったソフィアには、暴走した魔力をコントロールする手立てはない。暴走が始まったら最後、ソフィアに宿る人の身では制御しきれないほどの甚大な魔力は、ソフィアの命を喰らい尽くすだろう。

 けれど、まだ。幾ばくかの猶予はあるはずだった。

 出来ることをしなければ、と思う。どんな状況でも、冷静さを失わず、自分が出来ることを模索し続けたウィルのように。

「……行かなきゃ」

 城を出て、なるべく人通りの少ない道を選んで走りながら、ソフィアは呟く。

 そう、自分は行かなくてはいけない。少しでも人のいない場所へ。少しでも被害の少なくてすむ場所へ。この城も、街も、そこで生活する人々も彼が大切にしているものであり、半年近くこの国で生活していたソフィアが愛おしんできたものだ。それらを傷つけずにすむように、なるべく遠くへ――。

 ただそれだけを思って、ソフィアはアンセルの街を飛び出して、周囲を見回した。

 街道沿いを進むのは駄目だ。王都に続く道だけあって、人々の往来はかなりのものだ。そうして視線を巡らせれば、森が目に入る。

 一瞬だけ、懐かしむように目を細めて。ソフィアはその森へと駆け出したのだった。

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