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Peaceful days (6)

 大市に出ている店を端から端まで覘き、疲れたから休憩をしようとソフィアのお気に入りの喫茶店に立ち寄ってお茶までして。ソフィアは満足そうな表情で、自室のソファに腰掛けた。

 こんなにはしゃいだのは久しぶりで、疲労感はあったが、疲れすらも今はどこか心地いい。

 小さく息をつき落ち着いたところで、ソフィアは鞄から小さな箱を取り出した。

 ウィルが買って――……いや、貸してくれた電子オルゴールだ。そっと蓋を開ければ、繊細な箱から繊細で優しい音色が紡がれる。ソフィアしかいない静かな室内に、音楽が響き渡る。

 ソフィアはゆっくりと瞳を閉じその音を楽しんでいたが、ふいに仄かに微笑んだ。このオルゴールを渡してくれた時のウィルの様子を思い出したのだ。

 ぞんさいにこのオルゴールをソフィアの手のひらに置いて、照れてそっぽ向いた顔を可愛いと思ってしまったなんて、絶対に内緒だ。言ったらきっと怒るだろう。

 でも、よくよく考えれば、可愛いという感想を持つこと自体は別におかしくないはずだ。見かけではそんなに年の変わらないソフィアとウィルだが、実年齢は祖母と孫ほどに離れていたりする。

「……そのはず、なんですけどね~……」

 ついつい声に出してしまい、ソフィアは苦笑した。

 ウィルは、ソフィアよりも数倍精神的に大人だ。敵わないと感じることなんてしょっちゅうで、そのたびにどっちが年上なのかと自問してしまう。

 天使は『翼』によって長命を得る。身体に流れる時を『翼』によって調節し、成長速度を遅らせているというのが真相だ。そうして、身体の成長を遅らせると、一緒に精神の成長まで遅れてしまうのだろうか。

 そう思いかけ、ソフィアは小さく首を横に振る。

 ウィルが精神的に自立しているのは、彼が成長しようと努力した結果だ。ソフィアが精神的に未熟なのは、エアリアルにいる間向上心を持たなかったからに他ならない。『翼』のせいにするのは、ウィルに失礼で卑怯だ。

 自分の生まれた境遇に希望も何も見出せずにただ生きてきた自分が、ずっと努力を続けてきたウィルに敵わないのは当然だ。

 本当に何をしていたんだろうと、ウィルを見ていると自分自身に憤りを感じる。同時に、彼の存在が眩しくて。

 アンセル近郊の森で出会って名前を呼んでもらった瞬間から、ウィルはソフィアにとっての光だ。

 弱音も受け入れてくれて、常に行く先を示してくれた。白い闇の中からすら、すくいあげてくれた――光のようなひと。

 出会ってからずっと一方的に与えられて、支えられて、救われてばかりで。

 せめて、いつかこの場所を去る前に彼の役に立ちたいと思うのだけれど、それすらもなかなか難しい。ソフィアには弱音を零してもいいと言うのに、ウィル自身はなかなか弱音も本音も零してくれないのだ。

 自分に出来ることといったら、ウィルの休息の時間が少しでも安らげる時間になるように願いながらお茶を淹れることくらいだ。もちろん、執務に邪魔にならない範囲で。

 ウィルにそんな時間を与えられる存在というのが貴重だということに気付かないソフィアは、自分の出来る事の少なさに思わずため息をついていたのだった。


 大市に出かけてから三日後、ウィルは今日も執務室に篭ってひたすら仕事をこなしていた。

 執務机に放り出したままの携帯が、小さく振動した。ウィルはパソコンから目を離さないまま、携帯を手に取る。プライベート用の携帯番号を知っている者など限られているから、ウィルは特に誰かを確認することもなく通話ボタンを押した。

「はい」

『ウィルか。……私だ』

 低い、アルトの女性の声が、淡々と響く。

「おー、ティアか。珍しいな。……何かあったか?」

 片手でキーボードに高速で打ち込みつつも、ウィルは眉をしかめる。何か用件がある時に電話をかけてくるのは、ティアといつも一緒にいるリュカの方が圧倒的に多い。ティアが電話を掛けてくることなど滅多にないのだ。

 これで訝しむななど、難しい注文だ。そのことはティアも承知しているのだろう。ウィルの発言をすぐさま否定する。

『いや、朗報だ。早く伝えたくて、私から連絡した。……例の物が出来上がった』

 ティアの、その言葉に。ウィルは思わず操作の手を止めていた。

「は!? まじで!? 加工に早くて一週間って言ってなかったか?」

『ああ、その予定だったんだが……職人が、希少鉱物が加工できると張り切ってくれてな……。これ以上ない出来だと太鼓判を押してくれた』

 その報告に、ウィルは全身で安堵の息を吐いた。

「そ、か。……いつ届く?」

『これから、発送手続きをとる。速達にしてもらうつもりだから……四日後、といったところか』

「分かった。……ティア、ありがとうな。リュカにも伝えてくれ」

 そうウィルが言うと、ティアが微かに笑う気配がした。

『当然だ。……仲間、なのだろう。私達は』

 それは、出会った頃のティアなら絶対に言わないだろう言葉だった。ウィルは小さく笑みを浮かべ、挨拶を交わして通話を終える。

 そうして深く深く息をついた。そのため息が複雑な感情をはらんでいることに気付き、苦笑を浮かべる。

 早くと、願っていた。けれど、いざその時が近づくと何だか落ち着かない。

「……勝手だな」

 小さな呟きを零して。ウィルは軽く頭を横に振ると、思考を切り替える。公私混同させて執務を疎かにすることなど、あってはならないことだ。

 そうしてウィルはパソコンに向き直ったのだった。不自然に無表情になっていることに、気付かぬまま。


 それは、仮初の平穏だった。はじめから終わりが来ることが分かっている平穏。お互いがお互いを思いやるがゆえに、別れの時を意識した穏やかな時間。

 それでも。……いや、だからこそ。その平穏はお互いにとってささやかで、幸せで。まるで、奇跡のような時間だった。

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