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Peaceful days (4)

 話に聞いていた以上に、大市は物凄い賑わいを見せていた。アンセルは機械国ガジェストールの王都だけあって普段から人で賑わっている町なのだが、それでもこれほどの人出は見たことがない。

 見慣れたはずの町並みも、今日は違って見えるのだから新鮮だ。

 予想以上の活気に満ちた様子に、ソフィアはぽかんと広場を見渡して、薄紫の瞳をぱちくりさせる。

「う、わぁ……すっごい人ですー……」

「確かにな。想像以上だ」

 思わず漏らしたその言葉は、当然のごとく独り言で。だから、すぐ横から答えがあった事に、ソフィアは驚いて肩を跳ね上げた。

 その声に聞き覚えがあって、なおかつこの場にいるはずがない人のものだったのだから、なおさらだ。

「ウ、ウィルさんっ!?」

 声のした方に顔を向ければ、帽子と眼鏡で軽く変装したウィルが、感心した様子で広場を眺めている。

 ソフィアは何度も瞬きをして、ウィルを凝視した。幻ではなさそうだが、本物だとするとそれはそれで問題だ。

「な……何で……?」

「何でって……気分転換?」

 突然の事態に思考が追いついてない様子のソフィアにそう言って、ウィルはにやりと小さく笑った。その笑みはどこか楽しげですらある。

「き、気分転換って……お忙しいんじゃ……」

「大丈夫だ。山場は越えたし、それに……」

 そう言ってウィルは町を見回した。纏う空気こそはいつもどおりだが、その目はこの国の未来を担う者の目だ。

「兄上の結婚式前の大市だしな。様子を見ておきたい」

 そう言ってウィルは一歩を踏み出した。同年代の青年と変わらない格好をしたウィルは、あっさりと周囲に溶け込んでしまう。

 これならば、帽子がとれてこの国においては王族の証とも言える目立つ銀髪がさらされない限り、誰も彼を王族の一人だとは気付かないだろう。

 機械大国であるこの国は、ネットが普及し情報伝達がフューズランドのどの国よりも発達している。第一王位継承者であるアレクほどの認知度はないものの、ウィルの顔も知られている。

 こんな簡単な変装で正体がばれはしないかと思わなくもないが、ウィルは公私の切り替えが上手いのだ。

 公務の時のウィルは王族としての誇りと威厳に満ちており、遠くからでも目を惹くようなそんな雰囲気さえ漂わせている。まだ二十歳前の男性が出すようなものではないその雰囲気に、ソフィアが息を呑んだことは一度や二度ではない。

 けれど、今はそんな雰囲気は欠片も見せることない。その表情はどこか穏やかで、気安い。

「……ま。お前一人でこんなところに放っておいたら、人ごみに流されてボロボロになって帰って来たりしそうだしな」

 悪戯っぽい口調でそう言われて、ソフィアはむうっと口を尖らせ、一歩前に踏み出す。

「む~、失礼です! そんなことにはなりませ、うわ、ひゃ、おおおおお!?」

 言いかけた途端、人にぶつかってよろけ、その拍子に人ごみに紛れてウィルと離れそうになる。

「……ったく」

 半ば予想していたらしいウィルが、素晴らしい反射速度で左手を伸ばし、人に流されそうになったソフィアの腕を捕らえ、引き戻した。

「……言った途端かよ。期待を裏切らない奴だな」

 左手でソフィアの腕を掴み、右手で額を押さえて。ウィルは深々と息を吐く。

「うう……すみません」

 返す言葉もない。しゅんと肩を落とすソフィアに、ウィルは淡い苦笑を浮かべた。

「……じゃ、行くか」

 その笑みを含んだような声音に誘われて顔を上げれば、ウィルが小さく笑っている。ソフィアは数度瞬いた後、困ったような照れたような曖昧な笑みを浮かべた。

 町の様子を見たいというのは確かにあるだろう。けれど、昨日ソフィアが一瞬だけ表情に出してしまった寂しさを、この人は気付いていたに違いない。だから、この人はこの場に来たのだろうと、うぬぼれでもなんでもなくそう思う。そういう優しさを持っている人だ。

 ウィルのその優しさが嬉しくて、同時に申し訳なく思ってしまう。忙しいはずなのに、気を遣わせてしまったのではないかと。彼が忙しいのはよく知っているから、少しでも負担をかけたくはないのに。

 ソフィアの様子に気付いたのだろう。ウィルは一瞬眉をしかめた後、どこか呆れたようなため息をつく。

 そうして軽くソフィアの額を指で弾いた。

「はわっ!?」

「分かりやす過ぎ。そんで、気にしすぎ」

「……うう。……でも……」

「でも、じゃねぇ。……俺が勝手に動いてるんだから、俺の勝手だろ。……おら、行くぞ! ぼけっとしてんな!」

 そう言って歩き出したウィルを見ていたソフィアはきょとんと瞬いた後、ふわりと笑った。

 その言葉は、ソフィアにとっては大事な大事な言葉だったから。それをウィルに伝えることはないだろうけれども。

 ウィルが怪訝な顔をして振り返るので、ソフィアは仄かな笑みを浮かべたまま、首を横に振った。

 確かに申し訳なさはあるけれども、彼の優しさを棒に振ることはないだろう。その方が、失礼だ。

 それに、本音を言ってしまえば、この状況が嬉しくてたまらないのだ。

「……だから、さっさとしろって。置いてくぞ!」

「うえ!? あわわ、待って下さ~い!」

 その言葉に我に返ったソフィアは、慌ててウィルの元へと駆け寄ったのだった。

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