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Peaceful days (2)

「……電話中、だったんですか?」

 ウィルの手に握られた黒い携帯電話を見て、ソフィアがひょこんと首を傾げる。

「ああ。……ちょっとユートとな。あいつ、本当に碌でもないことしか言わねーな」

 ウィルはそう言いながら、携帯電話を執務机の上に置き、パソコンを操作してデータを保存すると、立ち上がった。

 そこでふと、先程のユートの発言を思い出す。

「……あー、そうだ。リアとユートは、兄上の結婚式に参加だそうだ」

「わあ、本当ですか? あ! ティアさんからもメールきましたよ! リュカさんと一緒に参加しますって。全員集合、ですね~っ」

 うきうきとした様子でそう言いながら、ソフィアは執務室に併設された簡易キッチンに向かう。その間にウィルは一度パソコンの電源を落とすと、応接セットのソファに腰掛けた。

 しばらくして、簡易キッチンから仄かな紅茶の香りが漂い、やがてソフィアがカップをお盆に載せて現れる。

「はい、ウィルさん」

 手渡されたカップからは仄かに生姜の香りとそれとは別の甘い香りがした。

「……生姜?」

「はい。ハニージンジャーティーです。……お疲れのように見えるので」

 口をつけてみれば、仄かな甘みと生姜のぴりぴりとした辛味がほどよく合わさっている。

「へえ……。結構合うんだな。意外だ……」

「お気に召しました?」

「ああ」

 さらに疲れている時には甘いものですよ、とバタークッキーを勧められる。ウィルは苦笑しつつ、それにも手を伸ばした。

「……ウィルさん、顔色あんまりよくないですよ」

 同じくティーカップに口をつけつつ、心配そうな顔でそう呟くソフィアに、ウィルは苦笑を浮かべた。

「まあ、兄上の結婚式まであと一ヶ月ちょっとだからな。今が山場だろ」

 そう言いつつ、クッキーを一枚口に放り込む。

 王子というには少しばかり食べ方が雑だが、今は王子として振舞う必要性は全くない。執務室とはいえ、完全にプライベートの状態だからこそ出来る動作だ。

 しかし、ウィルのそんな姿を見たら、教育係辺りは卒倒するかもしれない。

「それはそうかもしれませんけど……! でも、それだけじゃないでしょう?」

 少し怒ったようなソフィアのその言葉に、ウィルは数度瞬いた。

「……え?」

「お仕事の合間とか、休憩時間にも何かを調べてたり、読んでたりするじゃないですか。そんなの休憩って言いません。……オーバーワークですよ」

「……あー」

 気付いていたのか、とウィルは内心舌打ちする。

 ソフィアは何故か部分的に鋭いから、気付かれているかもしれない、とは少しだけ思っていたのだが。

 ウィルは、ソフィアに彼女の魔力の暴走を抑えるための方策に検討がついたことをまだ伝えていない。

 最大限の手を打ってはいるつもりだが、今進めている案件はかなり綱渡りの部分もある不確かなものだ。変に期待をさせて、絶望させるようなことはしたくなかった。

 時間制限があることは確かだが、今のところ彼女の様子を見る限り、何の異常もないように思う。

 まだ差し迫った状況ではない。だから、まだ伝えられずにいた。

「……まあ、色々な。結婚式やらのマナーやら何やら、一応確認しとかなきゃなんねーし」

 適当に言葉を濁したが、ソフィアの不満げな顔が晴れることはなかった。

「……本当、ですか? 何か隠してません?」

「……別に?」

 そう言って、ウィルは紅茶のカップに口をつけ、小さく目を細める。

「……お前こそ、何か俺に言ってないことあるんじゃないか?」

 その言葉に、ソフィアは不満そうな表情を消し、不思議そうに瞬いた。

「言ってないこと、ですか?」

「ああ。……ここでの生活とか、そういった面で」

 ソフィアの表情がほんの一瞬だけ変わったのを見逃すようなウィルではない。だが、それも本当に一瞬だった。

 仄かな笑みを浮かべて、ソフィアはウィルを見る。

「……大丈夫ですよ?」

 ないという言葉ではなく大丈夫という言葉に、ウィルは一瞬だけ眉をしかめる。

 ないわけではないはずだ。未だに身分至上主義の貴族が城内にはいるのだ。ウィルの友人でしかも一般人のソフィアが、謂れのない中傷を受けないとは言い切れない。

 今のソフィアの言葉からして実際に彼女自身も耳にしているのだろう。

 だが、彼女は大丈夫だと言う。ぎりぎりまで己の内に溜め込む性質のあるソフィアだが、少なくともその笑顔に翳りは感じられなかった。

 なので、今の段階ではその言葉を信用することにする。

「……そうか」

「はい」

 ソフィアはにっこりと笑って頷いた。それから、はっと我に返る。

「……って、ウィルさん! 話をかわそうとしましたね!? かわされません!!」

 ウィルはちっと小さく舌打ちした。

「……やるな、ソフィアのくせに」

「ええ~っ!? それ、どういう意味ですかぁっ?」

「そのまんまの意味だ」

「ひどいですー!」

 そう言ったソフィアの表情が、ふと真剣な面持ちになる。

「……でも、本当に顔色よくないです。ウィルさん。……国政に関わることですから、私には詳しくは言えないと思いますけど……そんなに忙しいんですか?」

 国政どころか、実は超個人的な用件が原因で忙しいわけだが、それを口にすることは出来ない。

「……悪いな」

 肯定も否定もしていないのだが、ソフィアはそれを肯定の意と汲んだらしい。もちろん、ソフィアがそう考えるようにと意図しての発言ではあったが。

「……じゃあ、明日も忙しいですよね」

 唐突なその言葉は、恐らくソフィアの独り言だったのだろう。だが、静かな部屋でその言葉は思いのほか大きく響いた。

 あっと呟いて、ソフィアが口元を覆う。だが、そんなことをしても後の祭りだ。

「……明日? 何かあったか?」

 ウィルの言葉に、ソフィアは物凄く申し訳なさそうな顔をして、小さく肩をすくめたのだった。

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