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Peaceful days (1)

 機械と魔術が混在する世界・フューズランド。その最北端に位置する機械国ガジェストールの首都・アンセルに聳え立つ王城。その一角にある執務室で、この国の第二王子であるウィルは黙々と仕事をこなしていた。

 その時、執務机に無造作に置いてあった黒い携帯電話が着信を知らせる。

『もっしも~し。おんたーい? 俺様だっよ~ん』

 通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた途端聞こえた気の抜けた声に、ウィルは思いっきり眉をしかめた。

『……なーんで黙っちゃうのさ~? あ、もしかして誰か分からないとか!? 酷いわ、御大! 愛が足りない!!』

「……切っていいか?」

 疲れた声音でげんなりと呟くと、さらに不満げなユートの声が聞こえてくる。

『つっまんなーい! 御大、ノリ悪~い!』

「そんな気持ち悪い冗談に付き合ってられるか! こっちは忙しいんだよ!」

『あー、御大兄の結婚式、来月だもんねぇ』

 その言葉に、ウィルはパソコンを片手で操作したまま息をついた。

「あー、やっとだよ。……そういや、兄上が招待状お前らにも出したって言ってたけど……」

『あ、届いたよ~。もち、出席で返信しといた~。お嬢が凄い楽しみにしてるよ。……料理の海老と蟹を!』

「食い気か!」

 確かに、いつぞやのパーティーでやたらと海老料理を食べまくっていたような気はするが、リアがそこまで海老や蟹が好きだとは思わなかった。

『まあ、それもあるけど~……。お姫のことが心配みたいだよ~?』

 その言葉に、ウィルは小さく息をつく。えらく遠回りをさせられた気がするが、ようやく本題に入れそうだ。

 突っ込む自分も悪い自覚はあるが、どうも反射的に返してしまう。相手にしたらそこが面白いに違いない。

「……メールに添付した資料、見たか?」

『見たとも~。……やっぱ、御大凄いねぇ。脅威のらぶぱわー!!』

 みしりと、ウィルの手の中で携帯電話が小さな音をたてた気がした。

「……まじで切っていいか?」

『だ~め~。大事な話するんでしょ~?』

「じゃあ、真面目に話せっ!!」

 やっぱり反射的に怒鳴り返せば、面白がるような笑い声がする。完全に遊ばれている。ウィルは不機嫌に眉を寄せた。

『冗談はさておき~。……本当に凄いと思うよ? よくこのレベルまで古代術組み立てたなぁと思って。……御大って努力家だよねぇ。えらいえらい』

 ユートの声の調子はいつもどおり軽いが、言葉自体は心底感心しているような、そんな響きがあった。

『若いって……いいねぇ。何にでも一生懸命で』

「……随分じじくさい発言してるな」

『だっておじいちゃんだも~ん。百三十歳だし。ほらほら、御大。労わって~』

「長命な魔族じゃ若手だろ。何言ってやがる」

 そう返しつつも、ウィルはほっと息をつく。一番大事なところは、何とか突破できたらしい。そのまま、片手でパソコンを操作し、ユートに送った資料と同じものをメール送信する。

『んで、これでおっけーだけども、その後は~?』

「ああ。……ティアが腕のいい金属加工職人を紹介してくれてな。既に依頼済みだと。……仕事速いよな、あいつ」

 元・裏の世界の人間の人脈はどこまでも広いらしいと、ウィルは感心する。

『さっすが姐さん。……土台は? そんじょそこらの金属じゃ、多分もたないよ?』

 ウィルは分かってる、と呟いてパソコンの画面から目を離し、こめかみを揉んだ。視界が微かに霞んでいる。ここのところ根を詰めていたせいか、さすがに疲労の色が濃い。

「その辺はリュカが見つけてくれた。……アダマンチウム、だと」

『って希少鉱物じゃーん。坊やもやるときゃやるねぇ』

「……リュカが聞いたらまた怒りそうなセリフだな」

 旅の間によく聞いた「坊やって言うなー!」という言葉がリュカの声と共に脳内再生されて、ウィルは小さく苦笑した。

『あっはは~。そういや、お嬢がちょっと気にしてた。あたしソフィアちゃんに何にも出来ない~って』

 声音をリアに真似てそう言ったユートに、ウィルは乾いた笑みを浮かべる。何だか妙に似ていた気がする。

「……じゃあ、リアに伝えとけ。あいつ、リアからのメールとかいつも楽しみにしてるみたいだって」

『ほいほい、りょうか~い。……あとは、出来上がるのを待つだけ、だねぇ』

 その言葉に、ウィルは息をついた。

「……だな。早く出来ればいいんだが……。難しい作業だし、急かすわけにもいかない。文面は今メールで送ったが……早くて一週間、だそうだ」

 そう言って、何となく窓の外に視線を移す。窓ガラス越しに見える空は、綺麗に晴れ渡っていた。

 ふいに、ユートの声が面白がるような、からかう響きを帯びる。

『ふっふ~ん』

 激しく嫌な予感を抱きつつ、ここまで協力してもらった以上あっさりと切るわけにもいかず、ウィルは嫌々言葉を返す。

「……何だ?」

『御大、さびしーでしょ? これで上手くいったら、お姫、自由になるんだし』

 その言葉に、ウィルは苦笑を漏らす。

「……だからって、このままにしとくわけにはいかないだろ」

『あら? 否定しないし。比較的素直? ……寂しいんだ?』

 ユートの言葉に、ウィルは目を閉じた。

 寂しいも何も、今の状況が特殊なだけだと分かっている。魔力の暴走の件がなければ、彼女はこの国に留まる必要もなかったのだから。この件が成功すれば、いつか覚悟した別れの日が来る、それだけだ。

 そう思う一方で、理性では押し殺し切れない感情が心の奥底に眠っていることも自覚していて、ウィルは苦い笑みを浮かべた。

「……さぁな?」

 そんなウィルの心の動きなど、自称おじいちゃんのユートには筒抜けだったに違いない。ウィルの返答に返された笑いは、からかうというよりも苦笑の色が濃かった。

『……御大の意地っ張り~』

「うっせ。……そろそろ切るぞ。あいつが来る」

『え!? 何々!? デート!?』

「違う! 休憩時間にあいつがお茶持ってくるだけだ!」

 同時に、執務室にインターフォンの電子音が鳴り響いた。

『うわ、来たっ! ってお部屋デートじゃ~ん! わぁお! 俺様、その現場超見たーい。むしろその場に居た……』

 ユートの言葉の途中で、半眼になったウィルは問答無用で電話を切った。そのまま、自動ドアのロックを解除する。

「……失礼します」

 そうして、相変わらずどこか遠慮がちにウィルの執務室に入ってきたのは、今までウィルとユートの話題の中心だったソフィアだった。

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