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「…なんだ、怪奇的で猟奇的で怖いと思ったけど、いい所じゃない」
綾香はこの家の好きな所を一つ見つけたと、微笑んだ。
そうだ、やっぱりただの先入観だったんだ。よく考えたら古い家には鳥居なんてよくあるし、あの刃物は山に入る時に使う鉈とか草刈り鎌を見間違えたのかもしれない。
こうやって新しい家のお気に入りの場所を探して、少しずつ好きになっていけばいい。この美しい斜陽の廊下のように。
そうして此処で暮らせば叔母も喜ぶだろうし、それに――
「かえってきたの?」
唐突に、なまめかしい女の声が近すぎるほど近い、真後ろから響いた。
まるで後頭部に口付けるようにして囁かれたような錯覚。綾香の肌は瞬時に総毛立った。
「あぁ、おかえり。おかえり待ってたよ」
声に強い歓喜の色が混じると共に、スルリと真白の腕が硬直した綾香の肩に回される。
まるで、愛しい人を抱きしめるように。
「継承を」
その声と共に、カッと背中が熱くなった。
まるで肩甲骨の間に、焼き印を押されたかのように。
「っ―――!」
女の手が綾香の眼帯をスルリと外した瞬間、綾香は弾かれたかのように勢いよく振り向いた。
しかしそこには―
「……え?」
夕暮れの廊下。光の中に舞う埃の粒子。しかしそれだけだ。誰も、居ない。
ただ、外され片耳に引っかかるようになっていた眼帯だけが、夢ではないことを告げていた。
たった今、後ろに誰か居たはずなのに。
「ひっ……きゃあああああああああああああ!!」
*******
もう絶対に絶対に、こんなところ出て行く!!
そう決意してからの一日半、起きている間は叔母を説得し続け、寝ている間は仏間に置いてあった数珠と写経された紙を握り締め、物音に怯え、何かあったとしても「見ない、聞かない、何も知らない」の三ない宣言無関心気のせいを貫き通すと心に決め、三日目の昼、心労で綾香がグッタリしてきた頃にようやく叔母からのOKが出た。
「しょうがないわねー。……まあでも、難しい年頃だもんね。丁度このあいだ貸していた家が一つ空いたところだから、そこ貸してあげる。その代わり、家賃生活費の一切は気にしなくていいから、学生は勉学に励むこと!成績悪かったら問答無用で連れ戻すわよ」
ありがとうございます叔母さん!あああもう後光が差しているようです。菩薩です菩薩。
「あと、ちゃんとこの家に顔見せに来ること。あなたサボりそうだから、生活費手渡しにするわよ」
……はい。
渡された借家のカギがズシリと重くなった気がした。