act 2
恐怖で立っていられない海は、保の腕に縋り付いている。
保はそんな海を、口元をあげ、見下ろしている。
辺りは、シンとしているが、時折、犬の遠吠えが聞こえた。
海の体は、その音に連動する様に震えた。
まだ、篠田達の姿はない。
ここに居るのは、海と、保、二人だけだった――――。
「ね、わ、私っ。本当に駄目なんだよ? 知らないでしょ? 私冗談で言ってる訳じゃ……」
「知ってるよ」
海は、不安そうな面持ちで保を見上げた。たまに見える月明かりの下、保の口元は、あいかわらずあがったままだった。
「だから面白れーんだろ?」
この、信じられない様な台詞に、海はふるふると体を震わした。
大体にして、何でこの男は、何故こんなにも自分に恐い思いをさせてくるのだろう。恐がらすのが、そんなに楽しいのだろうか?
からかうにしても、ちょっと度が過ぎている……。
保へと怒りが込み上げてくるが、それの何倍もの速さで、恐怖が襲って来た。
自分は本当に、目の前のこの建物の中に入るのだろうか?
雲に隠れていた建物が、怪しく光る。まだカーテンがついている部屋から、今にもちらりと女の影が見えそうだった。
窓ガラスは、もう何年も前に、イタズラでいくつも割られていた。
恐いと思えば、いくらでも恐怖の連鎖が脳に迷い込んできた。
看護婦、患者、医者……いくらでも、霊が寄ってきそうだった。海は本気で震えた。
帰りたい、心から帰りたい、そう海は思った。けれど、こんな深夜、一人で歩いて帰るわけにも行かなかった。
かと言って、この男は、絶対に自分を返しはしないだろう。もう泣きたかった。
海は、少なくとも、この男に、少しの好意は持っていた。けれどその少しの好意は、たった今、微塵もなく消え去ろうとしていた。
好きな子には、ついつい嫌がらせをしてしまう。小学生ならば通じたかもしれないが、今の海には通用しなかった。
海は、スッと保から手を離した。恐がりの海が手を離したので、保は不思議に思った。
けれど海の表情を覗き込むなり、驚いた。唇はわなわなと震え、一人で必死に恐怖に耐えている。
にも関わらず、保にはすがりつこうとしていない。
「う、海?」
「触らないでっ!」
震える海の声に、更に保は驚いた。
一瞬で、保はマズイ……そんな表情になった。今更、やりすぎた感が自分の中に芽生えたらしい。しかし、本当に
今更だった。海の瞳には、冗談の色などが全く混ざっていない。
「保なんて……保なんか……」
暗闇の中、俯かれてしまったので、表情は見えない。しかし腹の底から搾り出すような声に、海の表情を見た気がして、
保は、一気に焦りの色を見せた。
焦りの色が濃くなって来たその時だった。
暗闇の中から、ライトが現れた。車が二人の前でキっと止まると、二人の前に、篠田達が現れた。
「海っ」
真っ先に芽李は海に近寄り、その表情に冷や汗を搔いた。
すぐに保の方へと視線をやった。まるで、この娘に何をしたの?! と掴みかかりそうな勢いだった。
保は気まずそうに視線をそらした。芽李は篠田の所へと行き、今すぐ自分と海を帰して欲しいと噛み付いた。
その気迫に篠田は押され、分かったと返事をしようと口を開いた。
「行けばいいんでしょ? ……行けば」
海の静かな声が、その場に響いた。江波が思わず駆け寄った。
「な、何言ってるんだよ。篠田さんも帰るつもりだって……。なぁ、篠田さん?」
篠田は今度こそ、そうだと返事をしようとした。
此処にきて、初めて海の恐がりは、本物だと言う事を悟ったらしい。
しかし、全く違った声が割り込んで来てしまった。
「だれ? 其処にいるのは……?」
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