act 1
登場人物
天野 海 (21) 食品メーカ OL 超度級の恐がり 泣き虫
芝田 保 (23) 食品メーカ 営業課 海をいたぶるのが生きがい
江波 亮 (えば あきら) (21) 海とは同級生、保の後輩、同じ部署
来栖 梓乃 (くるす しの) (19) 保に好意を寄せている、海とは敵意をむけている
山内 芽李 (やまうち めい) (20) 海の友達、同勤務、亮の事が好き
篠田 祐 (しのだ ゆう) (25) 営業課一の成績を誇る。海と保をからかうのが生きがい
「なぁ、天野。これから肝試しって言う話に……のってみないか?」
やっと仕事が片ついたこの瞬間、この真夏にぴったりの篠田からの言葉に、思わず海は、喉を引きつらせた――。
「冗談じゃないですっ! つーかありえない」
海はけらけらと笑っている篠田をそのままに、カバンの中に荷物を入れ込んだ。
それも、かなり雑に。
現在の時刻、深夜十二時ジャスト。
詰まっていた仕事を週末である今日中に終わらすため、柴田を先頭に、海、保、芽李、そして江波の五人で残業をしていたのだった。
天野 海が、究極の恐がり女だと言う話は、この課では既に有名な話だった。
ホラー映画なんて物は、死んでもみないし、そういった類の特集なども、一切見ない主義者だった。
何故こんなにも海が幽霊関係が苦手かを皆が知ってるかといえば、たった今、海が恐がるのを分かった上で提案した、この篠田と言う男と、
海をからかうのが生きがいだと自分で言っている芝田 保の所為だった。
昨夜はこんなホラー特集があっただの、一昨日はこんな恐いホラー映画を見ただのと言っては、
海を恐怖のどん底へと叩き落とし、それを楽しんでいた。
そして、とばっちりは、同じく残業で残っていた、海の友人でもある、山内 芽李にもむけられた。
極度の恐がりな海は、そんな話を聞いたら最後、それが例え自分の家であろうが、一人ではいられなくなってしまう。
そればかりか、風呂にも一人で入れないし、20歳過ぎてトイレにも一人で行けないと言う子供っぷりだった。
そんな海をからかうには、今日は絶好のチャンスだった。
イタズラな瞳をキラキラとさせている篠田は、まだ大学生だといっても十分通じる程、その見た目は若かった。
そしてその話にすぐに飛びついた保は、性格をしらない女ならば、誰でも一度は見てしまう程の男だった。
にも関わらず、営業課の女性がちょっかいをかけて来ないのは、何だかんだといっても、
結局、保の視線の先には、海が居ると言う事に、気付いているからだった。
「私、帰る!」
鼻息荒くカバンを抱え込んだ海は、当たり前の様に、芽李の腕を引いた。
会社の電気は、この階、この部屋以外はついていない。一人で帰れるはずが、ある訳がない。
しかし、こんな面白い話を、みすみす逃す保ではなく……。
「行くに決まってんじゃねーか」
保がそう言うのは、もはや海の中で、想定内だった。
だから保の言葉を無視して、芽李の腕を引っ張り、部屋から出ようとした。
部屋から出るとすぐ、暗闇に体が包まれた。
「だ、大丈夫よっ。だだだって芽李が居てくれるもの! うん」
海は、芽李に目一杯しがみついている。と、言うより、既に目を開けていない。
「め、芽李?! ちゃんと外に連れ出してね? わ、分かってるでしょ?!」
ずいぶんと必死な海の背中を、クツクツと笑いながら保は見ている。
「本当、恐がり。この調子じゃ、今晩も家には帰らないつもりでしょ?」
「か、帰れる訳ないじゃない! う、恨むんなら、篠田さんと、保の馬鹿に言ってよねっ」
ずいぶんと、気が強い言い方をするが、言ってる事は、情けない。芽李はため息をついて、暗がりの中、見えない保の方へと視線やった。
「ほんっと幼稚。そんでもって、篠田さん、性格悪すぎっ」
ぼそりと呟いた芽李に、相も変わらず海は何やらブツブツと文句を言っている。しかしその腕は、最初よりも強く握り締められ、
思わず血流が止まってしまうんではないだろうかと思う程だった。
何とか会社から出た海は、若干ほっと胸を撫で下ろしているようだった。
しかしそうしたのも束の間。当然の様に保は海の腕を引っ張った。
「ちょぅっ! たもっ、保ぅっ! 離せっ! 離せぇ!」
「誰が離すかってーの。こんな面白い事、お前が参加しねーで誰が参加すんだよ」
どれだけ海が暴れたとて、保の力には到底敵わない。
無駄な肉がついていない体は、簡単に海の体を浮かした。柔らかい海の髪が、保の頬にかする。
暴れると暴れるだけ、海の髪はふわりと舞い、すぐに腰へと落ち着く。天然がかった髪は、この真っ暗な中でも、香で海の場所を
知らせていた。
海は、保に後ろから抱きかかえられ、バタバタとしながら、強制的に、車へと乗せられた。
一部始終だけ見ると、誘拐にも見えてしまう。
「柴田さん。本当性格歪んでますね」
芽李の横で、二人の様子を見ながら、柴田はクツクツと笑った。
「いや、あいつらに、だけだって。飽きねーんだよな。あの二人」
柴田の言葉に、芽李はため息をついた。
「海が怒り狂いますよ?」
「なに、泣き叫ぶ、だろう?」
暗闇の中、保と海が乗っている車だけが、激しく揺れている。
柴田が声を出しながら笑うと、呆れ顔でそれを見ていた、江波が口を開いた。
「柴田さん、海はキレると手が付けられないですよ?」
今まで散々、海、そして保に罠たるものを仕掛けてきた柴田だったが、海を誰よりもよく知る江波の言葉は興味深かった。
「なぁ、海ってそんなに恐えーのか?」
「恐いんじゃなくて、手がつかられないんです」
「どんな状態になるんだよ」
口元をあげている柴田は、そんな海の姿が見たくて仕方がないと言う顔をしている。
声色でそれが分かった江波は、この人は、全く……。そんな風に息をついた。
「口ではうまく言えないけど、とにかく世話やく羽目になりますよ? つーか、保先輩、それ分かってんスかねぇ?」
「ないない。分かってないわよ。保先輩は海をいたぶるのが生きがいなだけで、その先なんかきっと考えてさえないわ」
芽李は、どうしたものかと考えたけれど、結局答えが見つからなかったので、諦めて、柴田、そして江波と共に車にへと乗り込んだ。
……To Be Continued…
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