金糞稲
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
神様に対する捧げもの。これ、実際にはどのようなものがいいのだろうね。
むかしはよく人柱などでいけにえを用意したと聞くけれど、これで神様が喜んでいたかどうかは、わからない。ただもたらされる結果に対して私たちが判断するものだ。
科学技術の発達していなかったむかしは、神様のご機嫌がよいか悪いかは、もたらされた天候、気候で判断する。しかし現代では、それらにしかるべき理由があって発生することがわかり始めている。
神か、天か。いずれも人の手の届かないところで及んでいることには違いない。
果たして人間は自分の手で将来を切り開いているといえるのか? それとも、あくまで大きな存在に流されているのを、切り開いていると錯覚しているのか? 今も昔も提示される問題のひとつだろう。
確実な見返りが期待できるなら、確実な用意を。人が正確な情報を追い求めるのは、このようなところかもしれない。
ちょっと前に聞いた、恵みを期待する人たちの話があるんだけど、耳に入れてみないかい?
肥溜め。
生きていたら一度は聞いたことあるワードのひとつじゃないかと思う。肥料にするために糞尿を蓄えている穴や水がめのことだ。
糞尿をダイレクトに肥料として使うと、菌や寄生虫が含まれていたときに作物の生長へ悪い影響を出してしまう。なので肥溜めの中で十分に発酵させ、場合によっては水をくわえるなどして実用段階へ持って行ったとされる。
食べて、出てきたものを利用し、また食べることへつなげる。これもまたリサイクルの道といえるだろうか。将来の豊作のためには、抜かりなく行っておきたいもののひとつといえるだろう。
しかし、私の地元だと民が耕す田の他に、捧げもの専用の特別な田が存在していたという話が残っている。いわく、神様専用の田んぼだ。
その年で一番出来のいい作物を、神様への感謝の意を込めて奉納する……という概念は、古今東西でもちらほら見られるものだろう。あまりしょぼいものを用意して、ご機嫌を損ねちゃかなわないからね。
その田んぼは村から少し離れた山中に設けられていて、なかば隠し田のようになっていたそうだ。その世話をする者たちも村内でのえりすぐりであったけれど、その下肥を用意するのは決まって村の子供たちだったという。
齢にして十二未満の子供にのみ、この役目は任された。彼らの年齢でなくては、神様のための肥を用意する体の環境が整わなかったためだという。
肥の作り方については、いまや完全なものは残っておらず断片的に伝わっているのみだ。
それによると、彼らは役目に選ばれてから半月あまりの間、甘酒でじっくりと煮たおじやのみで食事を済ませるのだそうだ。米以外にも麦、あわ、ひえなどの雑穀を順番に加えていき、それをかきこんでいく。
過ごし方もいろいろな決まりがあるが、特徴的なのが当時としてはまだ珍しかった「風呂」の概念が存在したことだ。
ひのきを使った、大きな樽のごとき風呂。そこへ一名一名が順番に入り、身体を温めていくんだ。湯加減から入る時間に至るまで細かく決められていたそうで、その判断基準も時と場合によって変わり、多分に勘も必要になるらしい。
そうして体を温めた子供たちは、はだかに腹巻をして数刻は横になる。そのまま寝入ってしまっても構わないのだそうだ。この腹巻には唐辛子などをはじめとした薬味と香辛料のたぐいが詰め込まれており、素肌がぴりぴりと痛むほどに強烈なものとなっている。
そうして横になっていて目覚めたあと、一番でお通じの確認をするのだそうだ。
このとき、田んぼに使うことができると認められるには、金色の糞が出なくてはいけないのだそうだ。
全体の八分以上が黄金色。しかも枝で押すなどしても、逆にそれを跳ね返してしまうほどの頑強さを求められる。純粋なかたさならば、とても人の肛門から押し出されるようなものとは思えないブツ。
ひねり出されたこれらは、田んぼの隅にある池の中へ丁重に放り込まれ、時間をかけて肥料としての体裁を整えていくのだそうだ。これらがより金色の輝きを増したときこそ、使用が許されるという。
きちんと基準を満たしたものを使えば、災害や窃盗、獣害などに遭わない限りは、極上の稲ができるらしい。高所より見下ろした刈りどきの田は、光の反射によって瑠璃色に輝くのだという。
一目で、人が食するべきものでない。そう判断がつく代物だったのだとか。
その年に、件の田でとれる稲たちはことごとく神様へおさめられるが、鳥による害は完全に防ぐことはできない。
稲穂の一部は、降り立つ小鳥たちによってついばまれるが、早ければその場、遅くとも一両日中にその小鳥たちは命を落として、野に転がることになる。
その腹の中からは、本物とそん色ない金が見つかる。子供たちがひねり出したものよりも、本物に近くて見分けがつかないほどのものが。
それらも長く市に売り出されて、村の財源になり続けていたとか。




