第5話:仕様変更と乾杯
第5話:仕様変更と乾杯
1. 極限状態の「キツケ」
S社のクローン増援部隊による包囲網は、もはや物理的な「壁」となってスドウとレイを圧迫していた。
スドウのマナは枯渇し、頭痛が思考の並列処理を阻害する。
「……クソ、計算が追いつかない。レイ、これを飲め」
スドウは懐からスキットルを取り出し、レイに渡した。モモの店で買った合成酒だ。
一口あおれば、喉を焼くような人工的な苦味と、どこまでも「規格化された不快さ」が突き抜ける。
「……不味いな。どこの瓶を開けても、全く同じ、反吐が出るほど均一な味がする」
その瞬間、スドウの脳内で赤提灯での会話、そして目の前の軍団が繋がった。
「……そうか。あいつらは個体じゃない。『量産された同一』だ。
なら、入力に対する反応も、エラーの出し方も、すべて同じ(マニュアル通り)なはずだ」
スドウは残りの酒を飲み干し、不敵に笑った。
「レイ、立て。ハメ技の時間だ。一度見切ったバグは、修正パッチが当たるまで何度でも使える。
あいつらの同一性という脆弱性を突くぞ」
2. 稟議書とアンドロイド
スドウが杖を突き立て、敵の行動プロトコルを強制フリーズ(物理干渉)させる。
敵が同じ遺伝子、同じ経験を持つがゆえに、全員が「全く同じ回避行動」をとった瞬間、そこは逃げ場のないデッドロックとなった。
レイが「自分自身の意志」でトリガーを引く。
かつて恐れた一個小隊が、スドウの組んだ手順書(ハメ技)に従って、事務的な作業のように殲滅されていく。
その時、上空のノイズを切り裂き、N社の最新鋭アンドロイド兵士が降下してきた。
クローン(生物)に対して、機械をぶつける。
これはN社による「倫理の押し付け合い」だ。
「ドーモ、お待たせしました。……いやぁ、稟議書周りに時間がかかってしまってね」
爆炎とノイズの中、実体のスズキ=サンが現れた。
「役員共が『本当にクローンなのか?』なんて抜かすから、先ほどの戦闘ログを叩きつけてサインを強引に取ってきましたよ。
……『我が社のアンドロイドが、御社の不法な生物兵器を処分しただけです』。これなら法的にもクリーンだ」
3. 事務的処理としての平和
戦火が収まり、N社のアンドロイド部隊がクローンたちの残骸を「廃棄物」として処理していく。
スズキ=サンはスドウに歩み寄り、冷淡かつ正確な仕事ぶりで告げた。
「お見事でした、スドウ=サン。約束の真正IDは転送済みです。……さて、後始末の時間だ」
スズキの仲介により、S社本社との「損切り」交渉が始まった。
証拠を突きつけられたS社は、即座に「子会社の暴走」であると定義した。
「……古代生物の復元を目指す研究機関のはずが、まさか軍事クローンを。本社は極めて遺憾に思う」
そんなトンデモ言い訳と共に、S社は軍事市場から撤退。
レイは復讐ではなく、自らの「データの完全削除」を要求した。
スズキが彼女を「倒産に伴う破棄データ」として処理し、彼女はこの世から公式に消滅した。
「追い詰めすぎると、メガコーポは核を噛みますからね。
S社が『クローンなんて最初からやっていない』と記憶を上書きするなら、我々もその嘘を買いましょう。
……平和(独占)が一番です」
4. 本物への乾杯
数日後。シン新宿、あの赤提灯。
スドウは、スズキから振り込まれた莫大な謝礼金を手に、店主に告げた。
「大将、**『とりあえずビール』**を二つ。……払いは、このN社のコーポレート・チップでいいな?」
「ハイヨロコンデ!」
店外に駆け出す店主。
しばらくして、店主の震える手が、琥珀色に輝く見たこともないラベルの小瓶を二つ運んでくる。
周囲の住人たちが息を呑み、黄金色の液体が放つ香りが満ちる。
「……レイ。君の新しい人生に、本物の乾杯を」
「……ええ。スドウ。乾杯!」
黄金色の液体を煽る。複雑で、深く、少し苦い、本物のオーガニック・ビールの味。
スドウは前世のどの仕事終わりよりも深い満足感とともに、独白する。
「仕事終わりのビールは、いつだって最高だ」
彼が纏っていた星屑のローブは、後に「スターダスト・スキン」
として、この街のハッカーたちの間で熱狂的に流行することになるが
……それはまた、別の仕様書の話である。
エピローグ:神界の反省会
地上で黄金色のビールが喉を潤していた頃。
遥か上空、雲の上の「仕様策定室」では、慈愛の女神が頭を抱えていた。
「……あ、あれ? おかしいわね。
私の計算だと、スドウさんは今頃ドラゴンを倒して、聖女様と結婚しているはずなんだけど……」
彼女の水晶モニターには、薄暗い路地裏の赤提灯で、ワイシャツを着て
「プハーッ!」
と叫ぶスドウの姿が映し出されている。
そこへ、上司である「理の神」が、分厚いログファイルを携えて現れた。
「おい。またやったな、慈愛の女神よ。君の『用語定義』の参照エラーだ」
「エラー? ちゃんと『ウィザード(魔導士)』を求めている世界に、
『ウィザード(賢者)』の適性があるスドウさんをデプロイしたわよ!」
「そこが致命的なバグだ。いいか、よく見ろ」
理の神が指し示したのは、二つの平行世界のステータス画面だった。
【女神の勘違いリスト】
項目 女神の定義:現実のデプロイ先
時代設定 新暦1500年(剣と魔法の時代):新暦1500年(西暦換算:3100年頃)
ウィザード 魔導士(杖で雷を落とす者):凄腕ハッカー(論理で世界を書き換える者)
ローブ 儀式用の正装 :ダズル迷彩(対AI視覚攪乱装備)
聖女 神に祈る清き乙女 :シリアル0のコードネーム(企業の機密クローン)
「……あっ。新暦って、西暦が一度滅びた後に、企業連合が勝手に決めた暦のことだったの!?」
「左様。君が送ったのは中世ではなく、科学が魔法の域に達した超高度情報社会だ」
女神は頬を赤らめ、水晶のなかのスドウに手を合わせた。
「ご、ごめんなさいスドウさん! でも、楽しそうだから結果オーライ……よね?」
モニターの中では、スドウが二杯目のビールを注文しながら、隣の少女に
「次はどのシステムのバグを突こうか」
と楽しげに相談していた。
神のミスから始まった物語は、仕様書(運命)を書き換え、
誰にも予測不能な「オリジナル」の未来へと走り出していく。
「……ま、いっか! 次からはちゃんと『ハッカー』って検索ワードに入れるようにするわ!」
女神の軽い一言。
地上では、夜風に吹かれたスドウ
「……なんだか今、無性に神様を殴りたくなったな」
と呟き、最後の一口を飲み干した。
(完)
後書き
異世界転生で行き先がサイバーパンクだったら?
とウィザードって魔導師とハッカーの意味があるから、勘違いで召喚された。
というのが発想の元です。
なおスドウなのはunix系のsudo(superuser do)の略です。




