第2話:共通規格の脆弱性
第2話:共通規格の脆弱性
1. シリアルナンバー0
翌朝。強化プラスチックの蓋を押し開けたスドウは、這い出しながら盛大なため息をついた。
「……腰の痛みが前世のままだ。
神様、せめて『健康な身体』というパッチを当ててからデプロイして欲しかったんだが」
隣のカプセルから出てきたレイが、うなずきながら皮膚を指でなぞる。
そこには皮膚に直接印字されたバーコードがあった。
「見て。S社の製品ID。私は……S-000。軍事用クローン計画のプロトタイプシリアル0。ただのコピーよ。
英雄と呼ばれた兵士のスペックを再現しようとした、失敗作よ。
オリジナルと全てのコピーを消したら、私がオリジナルかしら?」
自嘲的に笑う。スドウはその数字を無機質に見つめた。
「0か。……エンジニアにとっては馴染みのある数字だな」
スドウはそれ以上は何も言わず、よれよれのワイシャツの襟を正した。
2. 規格品の街
棺桶ホテルを出て、多層都市シンシンジュクの中層階を歩く。
ふと、前方から規則正しい足音が響いた。S社の治安維持部隊。
フルフェイスのヘルメットをかぶった兵士たちが、機械的な動作で通り過ぎていく。
レイの身体が、微かに震えた。
「……あいつら、私と同じよ。顔は見えないけど、骨格も、歩行パターンも、全部同じ」
レイは震える声で続ける。
「たった一人の不完全なコピーが、巨大なシステム(メガコーポ)に勝てるはずがない……。
ねえスドウ、この世界にデバッグなんて不可能なのよ」
スドウのエンジニアとしての目が、兵士たちの動作を走査する。
「……なるほど。同一の基本ライブラリか。効率はいいが、面白みのない設計だ」
スドウは杖を握り直した。魔法という名の「管理者権限」をどこまで使うべきか。
この世界の物理法則を無視しすぎれば、システムからウイルスとして検知される。
それが彼の懸念だった。
3. スーツのエージェント
二人は昨夜の「赤提灯」の暖簾をくぐった。
そこには、場違いなほど清潔なスーツを着た男が待ち構えていた。
「……ドーモ、スドウ=サン。観察させていただきましたよ。
昨夜の教会の『ログに残らないドローン攻撃』。
あれは実に見事な物理ハックだ、タネがわからない。まるで魔法のようだ」
男が立ち上がると、スドウは無意識にポケットを探った。
指先に触れたのは、前世で使い古した名刺入れだった。
スドウは「さらりまん」の習性で、中から最後の一枚――前世の勤務先が書かれた紙の名刺を差し出した。
「……これは? 紙の、物理名刺? 今時珍しい、アナクロな趣味をお持ちだ」
男は興味深げにそれを受け取り、自身のデジタル名刺を空間に投影した。
ホログラムが「N社 渉外担当 スズキ」と浮かび上がる。
「NO IDの凄腕コンビ。興味深いですね。……我々N社は、常に有能な外部リソースを探しています。
また、改めて連絡させてもらいますよ。あなたのその『魔法』が、どれほどビジネスに耐えうるものか
……査定が必要ですので」
スズキはそう言い残し、音もなく店を去った。
4. 看板娘と形骸化したロウキ
スズキが立ち去った直後、店の看板娘モモが駆け寄ってきた。
「いらっしゃーい! スドウさん、また難しい顔して! はい、サービスのおつまみ!」
彼女は自分のホログラム・コンソールでレイの顔を撮影し、羨望の声を上げる。
「ねえレイさん。その顔、どこの最新パッケージ?
私もローンが通ったら、そんな風に『完成された美しさ』になりたいなー!
整形どころか遺伝子ごとコピペできる時代ですもん、個性にこだわるなんて流行りませんよ!」
「……ええ? モモさんみたいな子が、私みたいな『コピー』になりたいなんて」
レイが自嘲気味に呟く。
「もー、レイさんずるいですよ! その見た目なら高級店で働けるのになー」
「おいモモ! 俺の店が不満か? つまんねーこと言うと時給下げるぞ!」
厨房から店長が声を荒げると、モモはケラケラと笑って言い返した。
「あはは、ひどーい! 訴えますよ、ロウキに!」
「やってみろ、そんな役所、百年前に潰れてるわ!」
スドウはそのやり取りを眺め、グラスを掲げた。
「……乾杯か。ここの連中にとっては、まじないのようなものなんだな」
店内の住人たちが一斉にカップを掲げる。




