82・海原の激戦③ 逆襲、爆炎の錬金術師
昨日は毎日投稿をすっ飛ばしたので、本日は2話投稿です。
「よし。まずは一回死んだな」
闇が支配する魔界の空に浮かぶ、1頭の騎馬――セドールの背中へ2人が無事に戻ると、真顔の巌流が一二三を手厳しく迎えた。
「はい。どうせまた死にに送るんでしょう?」
「ああ、その通りだが――。それで、どんな手応えがあった」
「どんなって。言ったじゃないですか、間違ってコンセントに指を突っ込んだみたいでしたよ」
その痺れた指を振って見せる一二三に、巌流がやはり真顔で反応する。
「だが、凍ってはいない。よし、もう一度死んで来い。次は黄色の目玉だ」
そして一二三の胸を押した。シュルケンも、それに続いた。
一二三は再び落下軌道に入ると、眼下でシュルケンの影を躍起に攻撃し続けるモンスターに向かって目を凝らす。
(やっぱイヤだ――。信じてるけど……ゴム無しバンジーの気分だ)
狙えと言われて狙わせてもらえるほど、モンスターも甘くはない。一二三は竹刀を握り直すと、その注意を自分へと向けるために叫んだ。
「バーカ! バーカ! そっちは影だ、ざまあ見ろ! えっと――バーカバカバカ!!」
自分のボキャブラリーの無さを嘆くには遅く、一二三は急いで身体をひねる。空中で姿勢を変えるには道着の袴を上手く使うのがコツだと、それだけは会得した。命がけの戦いの中では、得たものはすぐに吸収して応用しなければならない。そのことを学んだ。
幸い、モンスターの意識は船に向いていない。その間にどこまでダメージを与えられるか、一二三が考えているのはそれだけだった。
――キィィィィィ!!!
まんまと一二三の挑発に乗ったモンスターが、平らな全身の両ヒレを波立たせては猛然と向かってくる。並んだ目玉は残り、赤、青、黄色だ。
「ちょ――待って待って! もうちょい右に!」
狙い通りの軌道が、不意の風向きでズレた。もちろん親切に右へ動いてくれるはずもない。思う間もなく距離の迫る獰猛なモンスターには覚悟を決めて真っ向勝負しかない。
「あーもう! だったらこっちで――!!」
一二三は標的をギリギリで届きそうな赤い目玉に変更した。
「沢渡式、牙突打!!」
――キュィィィッ!!!
突き立てた赤い目玉は先と違い、簡単には竹刀を受け入れなかった。弾力もなく硬い岩のようだった。そしてまた、その全身を電流が駆け巡る。
(があああっっ!! やっぱ痛ったあああっ!!)
しかし、ミッションを失敗すれば間違いなく殺される。モンスターにではなく巌流に。その嫌な未来を断ち切るために、一二三はもう一度腕を動かした。
「もう一丁おぉっ!!」
竹刀の柄を二撃目の掌打が押し込んだ。分厚いガラスにヒビの入る手応えの中で、赤の目玉が砕け散った。
(よしっ、あとは――)
電気ショックでもう動かない身体へと何某かのフォローを待つ一二三だったが、その身は敵の巨体と共に重力に負けるだけだった。思いきり海へ向かって落下した場所は船のスレスレ真横で、海中深く沈みながら一二三は大きな爆発音だけを聞いた。
(カノン……すまない……)
初めて投げ込まれた魔界の海の中で、一二三の胸に浮かんだのは残酷な回想だった。船に残った4人を思う気持ちに順番がついてしまったのだ。真っ先に身内を思う気持ちは当然のことなのだが、その当然が呼吸よりも心を苦しくした。またしても、諦めと弱さが彼の身を包む。死の絶望の前に、自分に対しての失望が頭を満たした。
そんな一二三の最大の攻撃にも、モンスターの動きは止まらない。海中に沈んだモンスターは命を吹き返したように、僅かに白い腹を見せる船の底へ向かってゆく。
(やめて――やめてくれ……)
こんなところで死ぬのかと、こういう時には何か起こるのではないのかと、底の見えない海へと沈みながら一二三は力なく奇跡を願った。そして、その奇跡は彼の目の届かないところで確かに起こっていた。
意識を失いそうになる一二三の耳に、もう一度大きな爆発音が聞こえた。そこで、彼の意識は完全に途切れたのだった。
「ヒフミ殿!!」
影分身を解いて海へ救出へ向かおうとしたシュルケンに、だが、その頭上で制止する声があった。
「待て。アイツが動き出した」
セドールは、巌流を乗せてシュルケンの真横につけた。
「しかしガンリュウ殿! 船までもがこのような状態で――ヒフミ殿は――」
「だからこそだ。その船の状態というのをしっかり確かめてから言え」
重く響く声に、シュルケンの身が震える。すぐにでも一二三の救出へ向かいたかった彼も、その声に抗えないものを感じた。
「俺の弟子なら溺死などという間の抜けた死に方はしない」
黒煙を上げる船を見下ろしたまま、巌流の声は恐ろしいほどに落ち着いていた。その落ち着きぶりに歯向かえない畏怖を感じながらも、シュルケンは足先を宙に止めて状況を把握した。
紅い海が大きく波を揺らし、モンスターの狙いはすでに船に戻っている。なのにだ、そこに絶望はなかった。| 黒煙の中に赤く燃えさかるモノが見える。
それが意味するのは、氷漬けだと思われたベルモットの戦線復帰だ。
「どうやら一二三が仕留めたのは、魔物の飛行する能力だったようだな。白い目玉は凍らせる力。とすれば、残りは二つ。いいかシュルケン、俺たちはこのまま空で待機だ。今のベルが相手では巻き添えを食らうかもしれんからな」
魔界の重い空気がどんよりとした風になり、船を隠す黒い煙を払い去った。見えるのは、何ひとつ傷もついていない純白のクルーザーだ。
「知ってはいたつもりだったが、とんでもないモノを造ったものだ。船内の心配もいらない。俺たちはただ、ゲートを潜った錬金術師ベルモット・オルウェーズの力に驚いて目を見張っているだけだ。スマホで動画が撮れなくて残念だがな」
そこで高笑いを始めた巌流に向けて、海上から突然の攻撃があった。モンスターではない、ベルモットだった。2人を飲み込もうかという炎の球が飛んできた。
「テメエら!! 野郎が3人も揃って、なあにチンタラやってやがった!!」
本気で殺しかねない大きな火球を、巌流が素早く斬った。余裕の笑みで炎を斬ったのだ。割れた火球がセドールの羽ばたきに消える。
「悪かったなベル! そのままでは格好がつかんだろうと、最後はお前に取っておいた! 男に守られて喜んでいる女ではないだろう!」
「やかましい! 分かってんなら黙って見てろ!」
「そうか! そいつの『凍らせる能力』は、一二三が潰しておいてくれた! せいぜい楽しんでくれ!」
壮絶と思われた戦いに似合わない、軽やかな暴言が投げ交わされる。シュルケンですら笑いをこぼすやり取りだ。だったが、モンスターは馬鹿にされていることを理解したのかどうなのか、封じたはずの彼女へ敵意を露わにした。
その巨体が持ち上がると大波が立つ。潰されたはずの青い目を光らせる。それが船首に向けて大きく叫ぶと、シュルケンの笑いが止まった。
襲いかかる波が船にのしかかったまま瞬時に凍りつき、その先に立っていたベルモットの身体までもが再び氷に閉じ込められたからだ。
「なんだと――あの目は潰したはずだ」
巌流が険しい顔を作る。斬ったと思った腕がまた生えてきたような不気味さを覚えた。
しかし、まだだった。まだ続きがあった。巨大なエイのモンスターの身体は海面を盛り上げてヒレをゆったりと動かし、再浮上を始めた。空へ浮いた。潰されたはずの赤い目玉が再生して、その奥から怒りの色をを発しているのだ。
「ガンリュウ殿……。此奴は不死身では……」
「いや、いくら魔界だろうとそんな生物がいるはずはない。――俺がやろう。お前はセドールに移れ」
今まさに、巌流が決死の覚悟で飛び降りようとした瞬間だった。轟音と共に、赤い爆炎が船の先で炸裂した。そこには氷の檻を容易く抜け出したベルモットの姿が見える。瞬間。凍りついていた大波が形を崩し、大きく船を揺らした。
しかし大波を受けたにもかかわらず、彼女が両手に浮かべた炎は消えていない。目深に被ったフードの下で濡れたブロンドの前髪から覗く目は、モンスターに負けじと真っ赤に燃えている。
「分かってんだよ。テメエの凍らせる力は、オレの扱う超低温とは違うってな」
ベルモットは静かに笑い、両手のひらに炎を灯した。気がつけば彼女はいつかのように、火種を探して慌てふためく様子も見せない。
「テメエ、自分の能力で遊んでやがるな。対象の分子振動をゼロにして、強引に超低温を生み出す。そうなんだろ? オレもこの時代に飛ばされて遊んでた訳じゃないんだぜ? 柄にもなくお勉強してたんだ。最新の物理科学ってヤツをな。運動熱量ってヤツは物質を構成する原子の結びつき、分子振動によって生まれるモンらしいな。そしてまた、超低温・絶対零度の下においても量子世界の微弱な振動は止まることがない。理解はした。そして初めて実践してみた、実践講習に感謝するぜ。だからお前が何度オレを凍らせても、その零点振動の増幅で何度だってオレは氷を溶かしてみせる。お前がどうやってそのゼロ状態を作り出しているのかは分からねえ。分からねえからこそ、試したいことがある――。前口上が長くなったな。さあ、本番の開始だ!『門 扉 開 放』!!」
声と共に足元へ魔方陣が現れ、ベルモットが両腕を頭上に掲げた。
画像は、ゲートを潜って強大化したベルモットイメージです。
なんとなく、タロットかトレカのようなデザインにしたかったもので。
よく見ると指が4本なのですが、その辺はまた今後の展開で示してゆきます。




