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イセカイセブン~僕だけ転生できなかった世界に、異世界人がなだれこんできました~  作者: ニーガタ
第三章・異世界突入編

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81・海原の激戦② 空中戦


 マルズ星を包む黒雲が、禍々しく渦を巻いている。あと少しで目的の大陸へ上陸間近の海で、一二三たちの前では最大の難敵に立ちはだかっていた。巨大なエイの姿をしたモンスターは冷気を操り、更には打撃に対して電撃での報復を返してくるのだった。


 全長25メートルのクルーザーを飲み込むほどの巨大モンスターが空から降ってくる。一二三には、目を閉じて諦めるしか手立てがなかった。この旅が始まって以来、それだけはしないと覚悟した決意が脆くも消えてなくなった。地区大会で無様な敗北を喫したあの日、(異世界にでも転生出来たら……)などと途方に暮れていた自分を思い出し、結局は無力さを悔いるしかないまま、手すりを握る指を放そうとした。その時だった。


「いやまだ! 死する身ではござらん!」


 船の手すりに足をかけて海へと飛び出したのはシュルケンだった。その素早い身体をまたもや海面に走らせて跳ねた。蛙足の足袋で蹴り上げて。しかもその上で身体を無数に分身させた。その姿は7つどころではない。数は50を超えた。


 一二三は彼の無謀な行動の意味を測りかねたが、考える間もなく力を抜いた指が手すりから滑り落ちた。この世界ではあまりにもちっぽけな身体が、小さな波飛沫を立てて海へと落ちた時――。大気を轟かす獣の叫び声が彼の全身を突き抜けた。


「ゴォォガァガウルルルゥッ!!!!!」


 バシャリ、でも、ボシャン、でもなかった。諦めの気持ちのまま海へと落下した一二三の身体を待ち受けていたのは、巨大オオカミの背中の上だった。ただし、その背中には異様な物が生えている。まるで竜が宿ったかのような、黒光りする鱗の並んだ大きな翼だった。


「ガウルゥッ!!」


 うなり声を上げて空を舞うオオカミに度肝を抜かれた。それも追いつかないうちに一二三のその首根っこを掴み上げる者がいた。


「お前は今、二度死ぬところだった。一つはこの化け物に食い殺されて。そしてもう一つは、不甲斐ない弟子に死を以て根性を叩き直そうとする俺の手で。三度目はない。立て」


 巌流だった。ずぶ濡れの身体で雄々しく仁王立ちする彼は太い腕を組み、まさしく不甲斐ない弟子を見る目で一二三を睨みつけていた。

 状況に理解の追いつかない彼のために、ぶっきらぼうな巌流が説明した。


「セドールだ。旅の間に、よくドラゴンを食ったからな」


 一二三には笑ってよいものか泣いてよいものか。しかし彼が右手に構えた刀が振られる寸前に、自分の両足で立って見せた。


「すみません、諦めました。けじめはつけます。僕は今から、どうやって責任を取ればいいですか。どうやって三度目の死を選べばいいですか」

「そうだな。あと百回は死ぬ覚悟をしろ」

「はい!」


 遥か下では、セドールに突き上げられたのか背中から倒れたモンスターが腹を見せて苦悶している。

 そこへ空中で無数に浮かんでいたシュルケンの姿が一つに集まり、巌流のそばへ降りた。3人が、セドールの背中へ集結だ。


「シュルケンさん! セドールが空を飛べるなんて、どうして教えてくれなかったんですか!」

「はて――。確かにここは海の上、空を飛んでござるな。いやはや、セドール殿には恐れ入ったでござる」


 どうやらシュルケンも、その事実は聞かされていなかったらしい。


「何も……何も考えずに飛び上がったんですか?」

「いやはや。これで最後かと思えば、ムダを承知の上で試してみたいこともござりまして。実はゲートを潜ってから、影分身の数が増やせたでござる」

「それだけで? そのあとは考えずに?」

「何も、死ぬ気でという訳ではござらんよ。彼奴の注意を逸らせれば、あとはガンリュウ殿にお任せできるかと思っただけの次第でござる」

「そ……」


 二の句が継げない一二三に、巌流が告げる。


「目を閉じたなヒフミ。お前は見なかったろうが、アイツの眼球は下には付いていない。上しか見れんのだ。シュルケンは、それを見抜いて上へ飛んだ。どうだ、あのモンスター。ありがたいことに狙い通り標的をこちらへ移してくれた」


 海上では態勢を立て直したエイが、色もそれぞれ四つの目を光らせて船の周りを周遊している。斬り落とされた背びれの跡からは、黒い液体が流れていた。

 それよりもと、クルーザーの船首へ目を移した一二三が気づく。


「待ってください! あそこにベルさんが――!」


 甲板で氷の彫像にされているベルモットを目に入れて、叫ばずにはいられなかったようだ。巌流も多少は眉根を寄せる。


「気をつけるべきは、『凍らせる』という攻撃があるということだ。俺も瞬間、足をやられた」


 そう口にする巌流の左足は、薄っすらと凍りついている。彼はその足を、刀の背で叩いた。ハラリと、薄氷が割れて落ちる。


「こういうことだ。闇雲に触れると痛い目に遭う」

「そんな……。だったら先にベルさんを助けないと……」

「『要らぬ世話だ』とアイツなら言うだろう。今は敵に集中しろ」


 だけど――と戸惑いつつも、そこで一二三は伝えるべき重大な事実を思い出した。


「それからガンリュウさん。アイツは多分、電流みたいな攻撃も持ってます」

「なるほどな。なおのこと、接近戦は不利だということか」


 そこへ、追い打ちをかけるようなシュルケンの言葉があった。


「そうも言ってはおられぬようで――」


 不穏なセリフに何事かと一二三が見下ろせば、ゆっくりと空で羽ばたくセドールへ向かい、エイのヒレが波の形に舞い始めた。巨体が波を滝へと変えて空中へ浮かんでゆくのを、信じられない思いで埋め尽くすだけとなった。


「そんな……。炎も効かない――電流を流す――その上で空も飛べるなんて……デタラメですよ」


 またしても諦めかけそうになる一二三へは、巌流の刃が突き付けられる前に、シュルケンのセリフが割って入った。


「空中戦で、しかも一触即発でござるか。面白いでござるな」


 言うと、彼は目に見えぬ早業で懐から手裏剣を撒いた。手裏剣は彼方へ飛んでゆくかと見せかけて、翼をはためかせるセドールの周囲を囲むように空中停止した。


「では拝見あれ。寒氷秘術、『空即是色』――」


 シュルケンは、セドールを足場に軽く跳ねると宙へ飛び出した。一二三には自殺行為かと思われたが、彼の軽業は一二三の想像を超えた。宙に浮かぶ手裏剣へ向かうと、彼は澄ました顔で片足立ちを見せたのだ。


「拙者が時間を稼ぎ申す。戦闘は出来ませぬが、その間に何か策を――」


 やや得意げに言い放つと、更にいくつもの手裏剣を撒き散らして足場を増やした。そこに無数の影分身が立つ。


「なるほど。これが本物の忍びの業か。海を跳ねるだけの見世物ではないという訳だ。ではヒフミ、策とやらを講じる前にまず仕事だ」


 言い終えもせず、巌流の手が「死んで来い」とばかりに一二三の背中を押した。


「え――ええぇっ!!??」

「俺の刀は(はがね)、竹刀の方が電気には強いだろう。骨は拾いに行く」


 無責任なひと言で、一二三がセドールの背中から突き落とされた。一二三の頭の中には、それこそ豆電球が灯ったように突然、『エジソンが発明した白熱電球』のエピソードが浮かんでいた。あれは確か、『日本の竹がフィラメントに最適だった』という話ではなかったかと。


(死ぬ……骨になる前に死ぬ……)


 一二三の落下先にはヒレの波打つ巨大モンスターが接近している。まずは華々しく死ぬために、彼は竹刀を両手で強く握った。


「ああもう! 沢渡式……重力加速付き、牙突打(がとつだ)あぁっ!!!」


 全体重を竹刀の先に乗せ、そこへ突きの速度を累乗した一撃が、並んだ目の一つへと突き立てられた――。


 一二三の竹刀が貫いたのは、モンスターの額に並んだ眼球の一つ。右から二つ目の白い目玉だった。手首まで埋まった一二三の腕に、強烈な痛みが走った。その激痛には声も出せなかった。


 ――エキィィィィィッ!!!


 超音波ほどの高い悲鳴が鼓膜を破りそうになる。しかし一二三は耳を(ふさ)ぐ指も持たず、思わぬ攻撃を受けたモンスターが身体を仰け反らせるに任せて、竹刀を握ったまま振り飛ばされた。そこでようやく声も出せる。


「くあああっ!! 痛っったあぁぁっ!!」


 死にはしなかったものの、身体が痺れてピクリとも動かない。


(ダメだ、落ちる――)


 無力に放物線を描いて飛んでゆく一二三の先にはしかし、


「ヒフミ殿! やったでござるよ!」


 シュルケンの本体が待っていた。


「あ――ありがとうございます」


 しっかりと身体を受け止められた一二三だったが、かといって、のんびりとお姫様気分ではいられない。怒りに任せたモンスターの反撃が始まった。


 ――イキィィィッ!!!


 モンスターの長い尾がムチとなって襲いかかる。しかし、その攻撃はあらぬ方へ向かった。気がつけば周囲には、一二三の身体を抱いたシュルケンの姿がいたるところへ浮かんでいるのだ。その影がひとつ、シュゥッと消えた。攻撃の手応えがなかったモンスターは、心なしか戸惑っているようにも見える。


「シュルケンさん――僕、分身とかできないはずなんですけど」


 間の抜けた問いかけに、シュルケンが今度こそ得意げに答えた。


「影分身というものは、大気の中にある無数の水分を鏡として像を結ぶものでござる。ゆえに拙者と共にいるヒフミ殿の姿もまた、その鏡に映るのが当然のこと。この魔界の海は霧も深く、影の数も大賑わいになってござるからに」


 シュルケンは宙に浮かべた手裏剣を足場にすると、一二三を抱えたままで竜の羽を広げたセドールの背中へと戻った。



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