表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセカイセブン~僕だけ転生できなかった世界に、異世界人がなだれこんできました~  作者: ニーガタ
第三章・異世界突入編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/92

79・セドールの昔語り


 昨日まではベッドルームに引きこもってばかりだった花音が、ロビーに姿を見せていた。居合わせたガンリュウと何事か言葉を交わすと、1人で扉を開けてデッキに出た。


 マルズ星の潮風は決して心地いいモノではない。それでも船室の隅に座り込んでいた花音は、少しだけ気分を変えた。その足が、ランドセルを背負ったまま甲板の後ろへ進む。



「あなた、セドールっていうの?」


 花音は、一二三ですら身を縮める巨大オオカミを見上げて話しかけていた。


「我ガ名ハ、セドール。巌流ヲ主トスル騎馬。幼キ娘ヨ、ナゼ我ガ名ヲ呼ブノカ」

「うん……。あなたは地上からマルズ星に入ってくる人たちが分かるんでしょ? 私のダックス、今どこにいるか分からない?」


 沈黙は長かった。セドールは伏せた姿勢で赤い瞳を花音へと向けたまま黙っている。花音の問いかけだけが風に流されて、紅い海へと落ちてゆくだけだった。それでも花音はセドールの目を見返したままで、5分でも10分でも答えを待っていた。

 花音の質問へ答えるにはそれだけの時間が必要だったのか、セドールが鋭い牙も見せず声を発した。

 

「ダックス――転生犬ノ名ハ、ソウ呼バレテイルノカ」

「知ってるの!? 私の友達なの! どこにいるか分からない!?」

「分カラヌ。我ガ感ズルモノハ、ソノ存在ノ在ル無シダケダ。コノ世界ノドコカニハイル。ソレ以上ハ分カラヌ。タダシ、死スレバソレハ分カル」

「ダックスは死んでないよ? ちゃんと、この世界のどこかにいるんだよ――」


 それは彼女の願いに近いものだった。だからこそ、花音は声だけでも聞きたかった。その証が欲しいのだ。


 黒と白が混じり合い渦を巻く低い空。魔界の波を蹴って進む純白のクルーザー。紅い飛沫がひと際大きく舞うと、何がきっかけだったのかセドールが話し始めた。


「コノ星ニハ歴史ガアル。過去ガアル」


 巨体に似合わない小声だった。当ては外れてダックスに関することではなさそうだったものの、花音は真っ直ぐな目で耳をそばだてる。その態度はセドールにとって好ましいものだったのだろう。

 セドールは目を細めて船の航跡を見つめる姿勢になった。数百年を生きたオオカミが過去を見つめる時、その記憶を思い返すには千と一夜を費やしそうだった。


「聞キタイカ。幼キ娘――」

「うん。聞かせて。それはセドールのこと?」

「星ヲ語レバ、(おの)ズトソウナル。昔語リナド似合ワヌガ。マズハ今ノ話ヲシヨウ。マルズ星ニハ今、404ノヨソ者ガイル。ソノ中ニ惑星ユーカスティス人ハ380人ダ」

「カヅキさんの星の子孫がまだ生きてるんだね。それじゃあ、えっと――残りは私たちみたいな別の世界の人間なの?」


 セドールの答えは、やはり花音の質問に真っ直ぐではなかった。


「タダシソコニハ、カツテ『ユーカスティス人ダッタ』者モ含マレテイル。幾ツカノ転生ヲ繰リ返シテキタ者タチダ」

「生まれ変わったユーカスティス人がいるってこと? ずっと気になってるんだけど、『ユーカスティス』っていうのはカヅキさんのパパの名前なんだよ。どうして星の名前になったの? まさかカヅキさんのパパが、その星を作ったの?」


 その問いには、どうでもよさそうに答えるセドールだ。


「数千年前カラ、『ユーカスティス』ハ星ノ主君ニ与エラレル称号ダ。名前デハナイ」

「じゃあカヅキさんのパパ、偉い人だったんだ」

「偉イ? バカヲ言ウナ。主君トハ時ニ、周囲ニ(まつ)リ上ゲラレテ利用サレルダケノモノ。真ノ主君トハ民ヲ愛シ、国ヲ律シ、幸福ヲ(もたら)ス者ナリ。アノ惑星最後のユーカスティスハ、心ガ幼ナ過ギタ。主君タル(うつわ)ヲ持タナカッタノダ」


 そこで完全に興味を失くしたか、次にはこう言った。


「マルズ星デハ今、カツテ無イ混乱ガ起キテイル。ソレニ乗ジヨウトスル者ガイル。我ハ、セドール。(たけ)(たけ)ク勇マシク()シキ(おとこ)(あるじ)トスル。ソレガ使命ナリ。ジャウズノ誇リヲ永遠ニ滅ボサヌガ為ノ馬。死ス事ハ許サレヌ宿命」

「それってどういうこと? セドールって死なないの? 寿命はないの?」

「我ガ命ノ尽キル時ハ、マルズ星ノ終ワル時ダケダ。ソレヨリ、ココハモウ危険ダ。幼イ娘、戻ッテイルガイイ」


 セドールが言うか言わずかのうちに、後部甲板へのドアが激しく開いた。一二三、巌流、シュルケンの3人が険しい顔で立っている。

 一二三が花音に向けて指を差した。その指がサッと、水平を保ったまま彼の背中に回った。


「カノン、入ってろ」

「兄ちゃん? また何か来るの? モンスター、近くにいるの?」

「黙って戻ってろ。お前がいると、皆が動けなくなる」


 兄のきつい言葉と視線に、花音は胸が苦しくなる。ここが自分の住むべき世界ではないことを痛感させられる瞬間だ。

 すかさず、花音の表情を読み取ったシュルケンが間に入る。


「カノン殿。この場は拙者たちに任せて船内へお入りくだされ。カノン殿には『ダックス殿と元気で再会する』という、大事な使命がありますゆえ。ささっ――」


 彼が優しく、花音の背中を船室へと送った。それを見届けると、セドールがゆっくりと四肢を伸ばして立ち上がった。背中には、すでに巌流が跨っている。


「陣形を整えろ。船は(いかり)を下ろしている。ベルもすぐに駆けつける。操舵室からは随時、カヅキにより敵の位置が報告される。カヅキ! 首尾はいいか!?」

 ――『はい! 大型敵影、300メートル沖に補足済み! 深度22メートル。ゆっくりと蛇行しながら当船へ接近中。速度5ノット!』


 カヅキの拡声器による指示で、後方から近づくモンスターに誰もが備えた。シュルケンの足元は海戦に備えて『蛙足袋(かえるたび)』というヒレ付きの履物に替わっている。一二三の握る竹刀も、真っ直ぐに天を刺す形で掲げられた。この航海における、最大の決戦が幕を開けようとしていた。目指す大陸は、もうそこに見えている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ