表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセカイセブン~僕だけ転生できなかった世界に、異世界人がなだれこんできました~  作者: ニーガタ
第三章・異世界突入編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/95

78・特別な日


「じゃーん! ケンケンが釣り上げた深海魚みたいなヤツの西京(さいきょう)味噌漬(みそづ)け焼きぃ!」


 この世界にも捕食者(ほしょくしゃ)非捕食者(ひほそくしゃ)の連鎖はあるようで、シュルケンが釣り上げた魚はすべてユルエに調理される。モンスターにとっては小魚だろうが、それでもサイズは大マグロ並みだ。

 ただし、ユルエが「これって食えそうじゃん!」と言った魚はリリースしていた。彼女の見立ては100%のハズレだからだ。害のある無しは、毒に詳しいシュルケンが毒見役となっている。

 それはそれとして、ユルエの使う調味料がどうやって調達した物かを誰も知らない。一二三やシュルケンに言わせれば、


(聞かぬ方がいいこともあるでござるよ)

(知らぬが花って、言いますもんね)


 ということだ。


 食が細いのは、香月と花音だ。香月にいたっては、この世界にある穀物のような物しか食べない。ユルエはそれを、パンケーキに焼き上げる。


「ごちそうさまでした――」


 テーブルでわずかな食事を終えると、香月は必ず操舵室(そうだしつ)へと向かう。航海が始まって4日が経っていた。その間にモンスターの襲撃は二度あった。だが、一二三もシュルケンも手を出すことなく終わっていた。



 翌日のことだった。食器洗いと仕込みを終えたユルエが、階段を上り操舵室へ向かった。


「ガンリュウさーん。お疲れさまらんちー」

「ユルエか。どうした、食事なら済ませたばかりだろう」


 航海は穏やか。巌流は1人、舵を握りもせずに腕を組んで立っている。

 腕を組む――それは巌流の基本的な姿勢だ。テントを張った浅川の木陰でも、座り込んではそうしていた。

(ああやって彼は毎日、何を考えているんだろう)とユルエには不思議だったが、今こうして感じるのは、侍というものを理解しようとした自分が愚かだったということだ。人の心は理解不能、そんな答えに落ち着くのだった。


 そういう意味において彼女は、


(ヒフミンは侍じゃあないなぁ。私のオッパイでドキドキしてるくらいだし)


 という安心感に落ち着いた。

 ただ悲しいかな、そんなムダな夢想を脈絡もなく言葉に乗せてしまうのがユルエだ。


「ガンリュウさんさぁ。オッパイって――」


 あっ、と思った時は遅かった。巌流が振り向いた仕草のまま、睨みを利かせてきた。


「何か言ったか」

「いやいやいや! おっぱ――いっぱい残ってる食材があってぇ。それで(いた)んじゃうのもなんだからぁ、今夜はちょっと豪華にしようかなあって」

「――やけに皿数が増えると、それだけで食欲をなくす者もいるぞ。そこは気を配っておけ」


 ということで、伝えたかった業務連絡もあやふやで、逃げるように下層へ戻るユルエだった。


(うわ、怖っわ。また刀抜きかけたし。くわばらくわばら)



「ねえ、ケンケーン♪」

「ん? 主殿(あるじどの)、何か嬉しそうでござるな」


 表デッキで風を受けていたシュルケンが、彼女の笑顔につられて興味を持った。


「あのさー。下のキッチンカーからいろいろ持ってきたいんだけど。手伝ってくれぬでござるか」

「そのような些事(さじ)。拙者がすべて引き受けるでござるよ」

「おサジはいいから。とにかくさぁ、ベルモっちとかフォーミュらんに見つかんないようにね」

「ほほう、隠密(おんみつ)指令でござるな。それならば拙者と共に参りましょうぞ――」



(ねえ、ケンケン)

(しっ――主殿、もっと小声でなければ気づかれてしまうでござるよ)

(でもさぁ。これって逆に目立つことない?)

(何をおっしゃるでござる。周囲に溶け込みつつ進むのは隠密行動の基本。壁隠れにござるよ)


 2人は機関室へ向かう細い階段を、足音も立てず慎重に下りてゆく。その両手には、大きなネズミ色の幕が握られている。

 しかし、順調に進んでいた隠密行動の真っただ中、キキィッとドアの開く音がした。足音も近づいてくる。


(ヤバいよ! 誰か来た!)

(焦ることはないでござる。このままじっと動かず、己を壁と一体化させる心で。息を止めて、静かにやり過ごすのでござるよ)

(息、止めるの? やだ、死んじゃう)

(主殿、早く。息を殺して――)


 壁へ貼りつく2人の耳に、足音が大きく近づいてきた。ブーツの音はベルモットのものだ。ユルエは息を止めて、彼女が歩き去るのを待つ。

 しかし、その足音がユルエたちの前でピタリと止まった。


(…………)

(…………)


 そのまま、10秒が過ぎる――。

 20秒が過ぎる――。

 30秒――。


「オメエら、何やってんだ。遊ぶ暇があんだったら船内掃除でもやってろ」


 ユルエが握っていた布を投げ出した。


「ぶはあああぁっ! はあ、はあ――。なんでさケンケン、バレバレじゃあん! ああ、死ぬとこだった」

「それは――主度殿の鼻息が荒っぽくございまして……」


 そんな2人を、ベルモットがバカを見る目で無下(むげ)もなく吐き捨てる。


「それで隠れてたつもりか? どうせまた、ロクなこと考えてねえんだろ」

「やーん、ベルモっちー。これナイショ。ナイショだからぁ」

「だからよ、くだらねえことやってる暇があったら――」

「やーん、ベルモっちー」


 食い下がるユルエに負けて、ベルモットも嫌々ながら話を聞き始めた。


「なるほどなあ、誕生日か。で、誰の誕生日なんだ?」

「それは、ひ・み・つ――」


 そんな訳で、誰にも知られてはいけない隠密集団に1人が加わったのだった――――。



 やけに遅くなった夕食の時間。パラパラとパーティーメンバーがロビーへ集まり始める。


「はいはーい。お待たせー。ヒフミン、今日はちょっとお皿多いから手伝って」

「あ、はい――」


 面々がいつもの席に着く中で、大皿と小鉢が並び始める。


 立派なローストチキン、魔界では決して見られない新鮮な色とりどりのサラダ、激辛麻婆豆腐。それから茶碗蒸し、納豆、牛丼、豚汁など――。

 まとまりのない料理を次々と料理を運んでいた一二三も困惑し始める。


「ユルエさん。あの、なんていうか。豪華なのは分かったんですけど。どうしてこういうラインナップに……?」

「だからぁ。前に言ったじゃん。いつか皆に、それぞれ好きなモノいっぱい食べてほしいって。だって今日は誕生日なんだから」

「誕生日って……誰のですか?」


 ふふん、とユルエが得意げに指を鳴らすと、ベルモットが大きな銀の皿を運んできた。見た目も簡素な丸いスポンジケーキだった。香月、花音、巌流までもが、テーブルの中央に据えられたケーキへと釘付けになった。


「じゃあ、ベルモっち」


 言うとユルエが、ケーキへと手を伸ばして何かを散らし始めた。白い雪のようなザラメだった。


「ベルモっち!」

「分かった分かった。赤の練成の1000、『祝福の宴(ゴッド・ブレス)』――」


 ベルモットが呟くと、開いた右手の薬指から炎が伸びた。炎はケーキに散らされた白いザラメを溶かし、やがて甘い香りを立て始めた。薄い飴色が焦がされながら、ケーキの縁までトロトロと流れてゆく。


「じゃじゃーん! ベルモっちとの共同作業! ユルエの練成、キャラメリゼ!」


 あっという間に洒落た姿へ変わったスイーツから目を離して、香月が言いだしにくそうに口にした。


「ユルエさん……。これって、いったい誰のお祝いなんですか?」

「それはね、フォーミュらんのです!」

「私のですか!? 私、今日は誕生日でもなんでもないですよ!?」


 驚きよりも動揺した顔で椅子から腰を上げかけた香月へ、ユルエは1人1人の顔をゆっくりと見回した。


「フォーミュらんだけじゃないよん。ガンリュウさんも、ノンノンも、私も、みーんな誕生日。人はね、目が覚めたら毎日がバースデーなの。新しく生まれる1日。だから皆、大好きなモノ食べて!」


 呆気に取られるそれぞれの中、巌流が手を動かし始めた。小さな木べらのスプーンで茶碗蒸しをすくい取って口にした。マルズ星へ降り立ってからというもの優しい笑みなど見せなかった彼が、口元を緩めた。


「どうした皆、食べないのか。これを逃せば次の誕生日まで機会を失うぞ」


 そう言って、また茶碗蒸しを口へ運んだ。


「ほらノンノン、大好きなシーザーサラダだよ。フォーミュらんの好きな牛丼定食も。ヒフミンにはドラゴンゾーラのドリア・地中海風。ケンケンの納豆。ベルモっちの激辛麻婆豆腐。だから皆も私の大好きなモノちょうだい。私の大好きな、みーんなの笑顔! お腹いっぱいになるまで!」


 他の誰より笑顔を咲かせたユルエに、花音がそっとフォークを手にした。


「ユルエさん――覚えててくれてたんだ。前に一回しか言ってなかったのに。ありがと、いただきます」


 レタスを口にするその目の端は濡れていた。しかし表情だけはとびきりの笑顔だった。

 悩んでいた香月も、箸を手にする。


「ユルエさん……。いただきます……」

「うん! それは吉●家特製の冷凍品だから楽だったけどね。じゃあ皆、席に着いて! ハッピーバースデー!!」

『どくっぴ!』


 テーブルの下から顔を出した毒キノコも、バースデーは嬉しいらしい。ベルモットが椅子から跳ね飛んだ。


「うわっ、テメエいたのかよ! ユルエ! ちゃんと(おり)に入れとけって言っただろ!」

「えー。『どくっぴ』も今日は頑張ったんだから」

「ま、待て! コイツが何を頑張ったんだ! 何か入ったのか? 入ってんのか!?」

 

 7人が船に乗り込んで以来、初めての温かな食事になった。こんな日常が毎日続く日を夢見て、誰もが今だけは目の前の食事を楽しむのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ