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イセカイセブン~僕だけ転生できなかった世界に、異世界人がなだれこんできました~  作者: ニーガタ
第三章・異世界突入編

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76・血判、そして海の怪物vsクルーザー

 話は少し戻り、ベルモットが船の練成を始める前のことだった――。



 穴掘りでヘトヘトになった5人へ、巌流が不思議なことを言いだした。


「ちょっと集まってくれるか。お前たちの手形を取りたい――」


 謎めいた言葉に、まずはシュルケンが反応した。


「それはもしや、血判(けっぱん)ということでござるか?」

「さすが忍びだな。その通りだ」


 例によって、一二三とシュルケンのひそひそ話が始まる。


(ケッパンって、何ですか?)

(約束を交わす時や出陣前に、手のひらに傷をつけて自分の血で手形を押すのでござる。物事(ものごと)への決意を表すモノでござるな。ガンリュウ殿は、それを求めておるのかと)

(それって手形ができるぐらいに血を流すんですよね? 僕、怖くて献血もやったことないんですけど。痛そうですし)

(拙者も、実は朱肉で代用した方でござるが)


 巌流が、ふと目を細めた。


「シュルケン、脅かしてやるな。そこまでのモノはいらん。俺が(すみ)を塗ってやる。皆、それをこの紙に押してくれ」


 巌流が横長の和紙を広げてみせると、誰もが戸惑う中でユルエが真っ先に進み出た。


「やるやる! 焼肉屋さんに飾ってるお相撲さんの色紙みたい! これで手相とか見てもらえるかなぁ。まずは結婚運、いや、その前に恋愛運――あ、あと金運も」

「そういうのはベルが詳しいかも知れん。あとで見てもらえ」


 巌流が少しだけ相好を崩すと、その後は納得いかない者もありながら、皆が(なら)うだけだった。


「カノン。お前も右手だ」


 その手を取った巌流の無表情な顔が、花音を委縮させる。彼女は指先を開くと、黒い墨に塗りつぶされてゆく『D』の文字をしばらく見つめていた――――。




 そして時を戻す。

 導かれし7人と毒キノコとオオカミの乗り込んだ船が、大陸を離れてゆく。


 船――ベルモットが練成した純白のクルーザーは三層構造。中層の居住スペースでは、ユルエとシュルケンが船内探索に精を出していた。


「なんとまた……西洋造りでござりますなあ」

「ベルモっぴ、意外とオシャレさん」


 卓球台を6台は並べられそうな中央スペースには、赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれていた。そして木製の長いテーブルと脚の低い椅子。


「ベルモっぴ小さいから、自分に合わせて作ったんじゃね?」

主殿(あるじどの)、それは失礼でござるよ。船というのは揺れますゆえ、そういう(しつら)えであるもの。しかし、なんとしても立派なものでござる」

「あと、自販機あったらよかったのに。無料の」

「それはいくらなんでも……」


 そんな第二層を階段で上がると操舵室(そうだしつ)がある。一二三はまず、そこへ向かった。

 金属製の、人がギリギリ二人すれ違える幅の階段を手すり伝いに上ると、巌流が立っていた。


「あの、ガンリュウさん――」

「ん? 見晴らしにでも来たか?」


 (たくま)しい背中が答える。


「いや、なんていうか落ち着かなくて」


 巌流のその後ろ姿に、一二三は違和感を覚えてしまう。最新クルーザーの操縦席に立つ侍姿は、なんともしっくりこない。第二層の居住空間と違い、操舵室は近代的で機械的だった。前面と両横、三つに区切られたガラス窓からは紅い海が見渡せた。


「ベルの好みらしい。上の世界でいろいろと調べていたらしくてな。錬金術師というのは、新しい物が好きなのだろう」

「でも、そのベルさんが見当たらないですけど。フォーミュラさんも」


 巌流は腕を着物の(ふところ)に入れたままで振り向いた。


「ベルとカヅキは――動力(どうりょく)だからな」

「動力って――。え? もしかして?」

「そうだ。推進力はベルの炎で、電気系統はカヅキの役目だ。今こうして船が進んでいるのも、天井に明かりが灯っているのも、2人のお陰だ」


 ということは、この船が動いている限り2人は手が離せないのかと一二三は心配になる。それが顔に出た。


「ヒフミ、そういう顔は無用だ。ベルは最小限の力しか使っていない。カヅキも、その力は蓄電池(ちくでんち)(たくわ)えて休む時間はある。お前は、いかなる時にも対処できるように備えておけ。魔物の襲撃があれば俺が見ている。後方にはセドールもいる」


 一二三の心を読んだ巌流が、安心しろという表情を見せた。ただ――。


「ガンリュウさんは休まないんですか? ずっと操縦なんて身体が持ちませんよ」

「だから、それも心配は要らん。俺はここで寝泊りする。カヅキの技術で、敵が周囲10町(約1キロメートル)に入れば笛が鳴る。その指示は下へも伝えておいてくれ」


 見れば、操舵室の壁際に簡易ベッドが見えた。


「分かりました……。でも、ムリはしないでくださいよ」


 他人からの心配を嫌がる人なのでと、一二三は黙って下へ降りようとした。その2秒後だった。大きな警報の笛が鳴った。


「ヒフミ。全員に待機指示をだしておけ」

「は、はい――」


 海にすむ魔物。どう戦えばいいのかが一二三には分からない。分からないままも、この緊急事態を他へ伝える役目もある。第二層へ下りると、


「モンスターが近寄ってます! 皆さんも備えてください! どんな戦いになるか分かりませんが、船もきっと激しく揺れるんで!」


 叫ぶとデッキへ飛び出していった。

 シュルケンがユルエに向かって、


「ユルエ殿には、就寝部屋にいるカノン殿を頼むでござる!」


 頷いたユルエが、小走りでベッド室へ向かった。船は大きく揺れ始めている。


 香月は第一層から二層へ姿を現すと、その場をひと眺めして操舵室へ駆けあがってゆく。


「ガンリュウさん! 距離150メートルに入ってます! 目視距離に入ったら――言われた通りでいいんですよね」

「ああ。ベルには伝令管(でんれいかん)で動力室へ指示を出す。お前はここにいて、戦況を見極めろ。ベル! もうすぐ敵襲だ! 火力を温存しておいてくれ!」


 巌流は、壁にいくつか設置された大きなパイプを通して指示を出した。

 

 敵を迎え撃つ船は軽量化した、ほぼFRP(繊維強化したプラスチック樹脂)製のクルーザーだ。なのに、ベルモットの余裕の声がラッパのような形をした伝令管から聞こえる。


『おう。いつでも準備は万端だ。敵には12時の方向で頼むぜ。横揺れは困る』

「承知した――。カヅキ、お前はここで準備に入れ。早くも試し時が来たんだからな。急げよ」


 一寸たりとも焦りの見えない――それよりも目のギラつきが増した巌流にカヅキが(のど)を詰まらせた。


(これが……侍)


 押し寄せる大波に前後へ揺れ出した船の中で、香月は巌流の指示通りに制御盤(せいぎょばん)であるイマジネーション・パネルへ恐る恐る進むしかない。この船の機能についてはベルモットから事前に聞かされていたものの、すでに視界へ入ったモンスターが足を震わせる。パネルの上には、彼女の手形に合わせた映像が浮かんでいる――。


「急げと言ってる!」

「は……はい!」


 香月には迫りくるモンスターへの恐怖より、その怒声(どせい)(まさ)った。


「タッチパネル、50メートル先に標準を補足しました!」


 香月はコントロールシステムに響く警報音の中、目をつぶりたくなる。ついに自分の手で何者かの生命を奪う時が来たのだと思えば、敵味方関係なく傷を(いや)してきた自分の過去がすべて無に帰すのだと、初めてこの運命を嘆いた。そもそも彼女の胸の中には、本気で憎む敵など住まわせていないのだ。


「20メートル……。距離に入りました!!」

「よし。戦闘開始だ」


 あまりにも冷静な巌流の声に目頭(めがしら)を熱くすると同時に、それでも香月は自分の手形に右手を添えた。合わせて、船の速度も加速してゆく。

 瞬間だった。待ちかねていたセドールが後部甲板で大きく跳ねた。蹴りだしたその勢いで船首が持ち上がる。そして次には更なる着地の衝撃が走り、船体が離陸直後の戦闘機のような態勢になった。ベルモットが火力を増したのか、船はモンスターへ向けて高速で進む。

 そこで巌流が、その日いちばんの声を張り上げた。


「ベルモット・オルウェーズ!! 速度30ノットへ!!『()()()』香月・フォーミュラ!『A.E.D.ソード』構え!!」


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