70・初めての、ちぐはぐ
マルズ星での旅は、目的を宝探しに変えながら進んでいた。
そんな中、一二三はリーダーとしての責任を背負いきれず孤立してゆく。
香月が言うには、地図の場所まで40キロ。キャンプを張りながらの移動だった。
その間に、またしても事件が起きた。香月のラルシステムにメッセージが届いたというのだ。しかも、相手は一刀斎だった。
「よく分からないですけど――侍さんたちは上の世界に戻ったらしいです」
シュルケンが、出来立てのエビシュウマイを頬張りながら驚いてみせる。
「はふっ。戻る手段があるでござるか?」
「入る手段があるんですから、出る手段があってもおかしくはないです。ただそれを、どうして私たちに伝えてきたのか――」
ユルエが蒸籠の湯気を浴びながら真顔で返した。
「チャラいけど、いい人なんじゃね? 追っかけてこなかったし」
それには香月も黙る。
一二三もまた、
「どこかつかみどころのない人ですし。信じるも信じないも、放っておいていいんじゃないですか」
日和っていた。魔物との連戦にも、たいがい慣れてきていた。
「皆さん、ちょっと緊張感が抜けてますよ? ここはマルズ星、まだまだ知らないモンスターも多いですし、ちょっとシュルケンさん、シュウマイ残しといてください」
香月もまた、緊張感に欠けていた。しかし、そうではない者もいる。
「戻れるって言っても……時間が違うんでしょ。そこは私のいない世界かもしれないし、別の私が平和に暮らしてる世界かもしれない。戻るとか戻らないとか、もうどうでもいいじゃん」
達観した台詞は、花音のものだった。
「だって、兄ちゃんもおかしいと思わない? 渡辺さんのチャットもあれからないんでしょ? お母さんだって、電話もかけてこない。あっちの世界はきっと、何も問題ないんだよ。ダックスだって、向こうで元気に暮らしてるんだよ……」
悲しそうに呟いて、手のひらだけを見つめていた。
「カノンさん、悲しむのは待ってください。私やシュルケンさんやユルエさんは、時間を越えてこの世界に来たんです。時間と空間を一緒に移動できる方法はどこかにあるんです」
せめてもの慰めを送ったつもりの香月に向かって、
「どこかって、どこ!? そんなの分かんないじゃん! 私は転生とかしてないし、皆に巻き込まれてこうなっちゃっただけなんだから! カヅキさんはいいよね、無くなっちゃった星から逃げてこれたんだから! でも私は元の世界に帰りたい! ダックスとお散歩して、学校に行って、お家に帰って、フツーに――」
小声だった花音が押し殺していた感情を露わにし始めた。
急に叫び始めた彼女に、香月は狼狽えるばかりだ。
「ゴメンなさい……言い方が悪かったですね。そうですよね……」
謝ろうにも言葉が続かない香月へ、花音がまだ声を浴びせようとした。それを遮ろうと、一二三の右手が出てしまった。パシリッ! と乾いた音が響いたが花音は驚きもせず、無言で頬に手を当てて目を伏せるだけだ。
「お前、謝れよ! フォーミュラさんは家族も帰るとこもなくなって、大転生者のせいで勝手にここまで飛ばされたんだぞ! お前だって卑怯だぞ? ダックスからいろいろ聞いてるんだろ? なんで教えてくれないんだ? なんで一人で抱えて、我慢してるんだ?」
花音は答えない。何も答えず、亜空間の中へ入っていってしまった。
それを見た香月が、寂し気に口へ出す。
「ヒフミさん、ちょっと言い過ぎです。それに、女の子に手を上げるなんて」
「だってアイツ、フォーミュラさんのことを――」
「私はいいんです。何も悔やんだりしてないです。皆さんが傷つかず、生きててくれるだけでいいんです。だから、こういうこと言うの、やめましょう?」
シュルケンがユルエのキッチンカーから離れると、亜空間へ足を向けた。
「拙者、これでも女性のご機嫌取りは得意でござるから」
「ヒフミン、兄っぷりがヘタッピ過ぎ。『へたれっぴ』」
のけ者の気分になった一二三はその場から離れ、背を向けたまま竹刀を握ると真っ黒な大木に打ち込みを始めた。ガツッ、ゴツッと響く鈍い音は、そのまま彼の焦りを表しているようだった。早く、巌流とベルモットに戻ってきてほしかった。
昨日のことは引きずらない――。いつかベルモットが口にした言葉も、彼女不在の中では機能しなかった。5人分の無口な足取りが、すでに意味を失くした宝の地図に先導されるだけだった。
「エネルギー反応2つ接近中です! 距離20メートル!」
何も見えない平原で、急に香月が声を上げた。普段ならば100メートル圏内のモンスターはすぐに報告するはずの彼女にしては、珍しい落ち度だった。シュルケンですら、寸前まで気配に気づかなかった。
空から急降下してきたモンスターは、香月へと向かう。一二三は走り出すと彼女の身体を強く跳ねのけて、一瞬の早業で小さなドラゴンの羽を切り裂いた。地面に転がり猫の赤ん坊のような呻き声を上げ続けるドラゴンへ向かおうとする香月に、一二三が冷ややかな声で告げた。
「殺してないですよ。それでいいんでしょ。行きましょう」
まだ膝をついたままの彼女に見向きもしなかった。
最悪の空気を纏わせて、亜空間の夜が過ぎてゆく。一二三は皆の眠りを見届けて外へ出た。どれだけ大きく深呼吸をしようと晴れることのない魔界の大気を吸い込んで、心のモヤをすべて吐き出すように背中を丸めた。
「ヒフミンは、夜更かしさんですなあ」
気づけば、背中にユルエが立っていた。
「ユルエさん。起こしちゃいましたか?」
「ユルエはいつも寝ながら歩いているので、夜はぜんぜん眠くないのでありんす」
その軽さが、今はつらい。
「ユルエさんも、なんだか巻き込んでしまってすみません」
「巻き込んだって? 飛び込んだんだよ、私は。自分から」
ユルエはくしゃくしゃの髪を一度束ね上げると、てっぺんで結び直した。
「あ、『たまごっぴ』のウンチ掃除の時間だ。ダメなんだよねえ、すぐにお掃除してあげなきゃ。ご飯もきちんとあげなきゃだし、お母さんは大変なのよ」
何かを含めた言葉ではなく、いつものユルエだった。そして、伝えるべき時には辛らつだ。
「ヒフミンは、リーダーに向いてないよ。すぐ落ち込むし。ケンケンに代わってもらったらぁ?」
「そんなの……自分で分かってます」
「ガンリュウさんに顔向けできないってかぁ?」
図星が当たり過ぎていて、一二三は強引に話を変えた。
「ユルエさんって皆にあだ名つけるのに。ガンリュウさんだけは、そのまま呼ぶんですね」
「だってさあ。前に『ガンガン』って呼んだら、急に刀抜かれて殺されるかと思ったしぃ?」
「ガンリュウさんらしいな」
弱い笑いが漏れる。
「ベルモっちだって、機嫌悪いとすぐにスプーン曲げちゃうから。フォーミュらんはね、口に合わないの食べた時、目が上を向くのね。ノンノンはいつも、ヒフミンの背中ばっかり見てる。頼りない感じで」
頼りないか、と笑いとばせもせず、
「ユルエさんって、よく見てるんですね」
「だってさぁ。居酒屋バイトの時って、声も上げずにちょっと右手上げただけでオーダーしたつもりの客とか多かったしぃ。そういう癖、ついちゃっててねぇ。やだやだ、ショクギョービョー。なはは」
彼女は自分勝手に笑った。それから間髪を入れずに、
「だから、ヒフミンのことも見てるよ? 似合わないのに頑張ってるなあって」
不意に一二三の背中から抱きついた。
「ちょ……やめてくださいよ、ユルエさん」
「やめないよ? ヒフミンが泣くまでやめない」
「泣くって……」
そう呟いた時には、もう泣いていた。溢れてくる涙が止まらなかった。
「そうそう。溜まった時は、そうやって流してやればいいの。溜めるのはね、勇気だけでいいから。あと、お金も」
一二三は、泣きながら笑った。
「そんなこと言って……。ユルエさんって、無駄遣いばっかりじゃないですか。なんでフライパンが7つもあるんですか」
「それはねぇ。いつか皆に、バラバラでいいから、いちばん好きなモノを食べてほしいからでありんすよ? そんな時、来たらいいね。ヒフミンは何がいい?」
「僕ですか……。なんでしたっけ。『ドラゴンゾーラのドリア・地中海風』っていうのが、もう一回食べたいです」
ユルエの腕から、ふと力が抜ける。一二三は思わず、心細くなってしまった。
「頑張ってね、リーダー。皆がどれだけ泣いても、私だけは泣かないから。うぃーっと! あんまり長いとフォーミュらんのジェラシーがBANBANだから。眠くなったら戻ってね。シーユートゥモロー」
一二三の涙は止まらなかったが、背中に残る温もりがたまらなく嬉しかった。
翌朝――。
「皆! いつまで寝てるんですか! お宝はもうすぐなんですよ!?」
亜空間自然解除まで、残り3時間。
「ど、どうしたでござるかヒフミ殿。敵襲でござるか?」
跳び起きたのはシュルケンだ。
「あの、ヒフミさん……。着替えるので、5分だけ待ってもらっていいですか。その、外で――」
香月が瞼をこする。
「着替えは3分! 最近、女子グループの行動が遅いです! ユルエさんは着替えがすんだら朝食用意! あとカノン! 寝言がうるさい! では各自、準備が整い次第、持ち場へ!」
晴れやかに言うと、一二三は亜空間の外へ出ていった。
ポカンとした香月が、誰にともなく呟く。
「どうしたんでしょう……。また何か、怒らせちゃいましたかね……」
「そうも見えない清々しさでござったが」
「たぶん、お腹ペコペコでありんすよ」
最後に花音がひと言、
「あれ、試合に勝った時の顔だからね。昨夜、誰かに勝ったんじゃない?」
さすがは妹。確かに、何かに打ち勝った一二三だった――。
【挿絵について】
何度もチャレンジしてみるのですが生成AIが不安定で、いつも画風が変わってしまうんですね。
なんとか統一したいんですが、シリアスとかコメディで色を使い分けるのも手かなと。
そういう訳で、たまに入る挿絵は気まぐれで、あくまでイメージとして捉えてください。
キャライメージを壊しそうな場合は、無理して入れません。
(まあ、どうせなら女性キャラがいいですよね笑)




