68・ティータイムへのいざない、香月暴走(ちょい不気味なイメージ画像付き)
いたって真面目な清純派の香月・フォーミュラが少しおかしくなる回です。
真面目な人って意外と、こうなのかもしれません。
「『ディランブランの国』ですって? お父さんたら、まだそんなお伽噺を信じてるのね」
柔らかく笑ってみせる女性は、サルミラさんと名乗った。
「異世界の方。この度は、とんだことに巻き込んでしまいまして。申し訳ございません」
そのご主人。恰幅のいい牧場主の格好で頭を下げるのはバッカスさんだ。ユルエに追いかけられてはしゃぎまわる女の子は、娘のリリンちゃんだという。そしてユルエの姿である。なぜか身長30センチの二頭身になっていた。
まずは香月が話をまとめ始めた。
「では、あのお茶を飲んだ人は別の空間へ消えてしまうと、そういうことなんですね? 消えた人間同士は、同じ世界を見て、話もできると」
「そういうことなんですよ。私たち以外の村人は、別の場所で平和に暮らしています。私たちも、どうにかしてお父さんにもスケスケツルムラサキのお茶を飲んでもらおうと頑張っているんですけど。なぜか飲んでくれなくて。『村長は振舞うだけ、自分では飲まない』って聞かない人でしたから」
全員が揃ったところで、花音も落ち着きを取り戻していた。切り株の上に腰かけて退屈顔だ。
一二三が、疑問を呈する。
「それで、この状態から元の世界に戻る方法ってないんですか?」
するとご主人のバッカスさんがあごを擦りながら答えてくれた。
「もっと下の谷底に生えているという『マルミエドクドクアバレンボウスミレ』の花をお茶にして飲めば戻れるとは聞いています」
シュルケンと一二三が囁き合う。
(ヒフミ殿……。波乱の予感でござるよ……)
(『アバレンボウ』は無視するとして『ドクドク』ですからね……)
バッカスさんが、その先を続ける。
「まあ、特に不便もないので。誰も、危険な谷底まで向かってまで元に戻ろうとはしないのですが」
(やはり危険の予感でござるよ……)
(気が乗らないですよね……)
(しかし、このままですと……)
(ガンリュウさんたちとも合流できないってことですか……)
しかし、話を伺っていた香月の顔が2人に向き、何かを訴えている。
(怖い時のカヅキ殿でござるな……)
(間違って辛口麻婆豆腐を食べちゃった時の顔ですよ……)
(しかし、『ドクドク』でござるよ……)
(『ドクドク』ですからねえ……)
そんな事態にも、ゆるがない人間はいるもので。30センチ二頭身のユルエが賑やかだ。
「やーん。気分はリコーダー」
「ユルエさん! 私のランドセルに入らないで!」
1時間後――。
「ヒフミさん、向かいますよ!『マルミエゾクゾクアバレンボウマミレ・収穫大作戦』です!」
ミッションリーダーが変わった。そして少し間違っている。
「じゃあ皆さん。今から『マルミエドクドクアバレンボウスミレ・収穫大作戦』に出かけたいと思いますが……」
一二三が弱気に立ち上がってみせる。無論、香月はやる気に満ちて肩を回していた。
「皆さん!『ゾクゾクアバレンボウ』ですよ! ゾクゾクしながら行きますよ!」
「うふふ。気分はこっそりクラスに持ち込むガールズファッション雑誌のような」
「だからユルエさん! 小さくなっても重いから! ランドセルに忍び込まないで!」
何もかもが締まらない空気の中で、ミッションスタートだ。
「カヅキさん、ラルシステム作動してるんですよね。谷底までって、どのくらいなんですか」
滑りやすい岩場に足を取られながら、行軍はゆっくり慎重だ。
「エネルギー反応多数あり! 距離およそ145メートル! 高低差は30メートル! 途中、勾配がきつくなります! 慌てず! はぐれず! 流されず! 皆の者、ゾクゾクするように!」
香月を先頭に、渓流下りは中盤戦に入っている。
(カヅキ殿……何があったでござるか……)
(先にお茶を飲んじゃったんで、責任を感じてるんだと思います……)
(何かベル殿を彷彿とさせるでござるが……)
(どこか憧れてる節がありましたもんね……)
道中、3体のモンスターに遭遇したが、有無を言わさず香月がバインドしていた。
「はあ、はあ、どうやらこの藪の向こうですね。皆さん、気を引き締めてください」
毒々しい色の藪をかき分けて進むと、そこには黙り込むしかない光景が広がっていた。
『テメエ! 俺のメシベに勝手に花粉付けてんじゃねえぞ!』
『やかましいわ! お前が下に咲いとるんやから、しゃあないやろ!』
『ちょっとアンタら! 私、こっちのオシベが推しなんだけど!?』
『ああっ? つったら俺のことか? ははっ、お前なんざ願い下げだぜ!』
魔界に、青く可憐なスミレの花が咲き乱れていた。
(予想以上のアバレンボウでござるな……)
(想定以上のアバレンボウですね……)
そこへまた、面倒臭いことにモンスターが現れた。
「おめえら、誰に断ってオラの畑に踏み入ってるガニ? この大バサミでギッチョンギッチョンにしてやるガニ」
「A.E.D. そしてバインド――」
食事処の看板のようなカニが1匹、泡を吹くと香月の包帯に巻かれた。
(巻き添えでござるな……)
(巻き添えですよね……)
香月は何事もなかった顔で、両手を二度、パンパンと大きく叩いた。
「はいはーい。皆さん、ちょっとお静かに。どなたか、お茶になってくださるお花、いらっしゃいませんかー?」
アバレンボウたちが一斉に黙り、香月に花びらを向けた。
『なんやワレ、藪から棒に! けったいな格好しくさって!』
『何それ流行ってんの? ミラノに行って出直して来たら?』
『よく分かんねえが。小便臭いガキは黙ってな。大人の色恋に口挟むなんて100億年は早えぜ』
(毒でござるな……)
(ええ。思いきり毒吐いてますね……)
「えー。皆さんの恋愛事情など知ったことではありません。どなたか、お茶になってください。立候補がなければ推薦でも構いません」
その毅然とした態度に、アバレンボウたちが困惑を始める。
『そないなこと、急に言われてもなあ』
『こっちまだ、自由を謳歌したい年頃だし?』
『いや待て。一人、適役がいるんじゃねえか』
アバレンボウたちが花びらを向ける先に、今にも萎れそうな花が小さくなっていた。
『私もう……こんなとこイヤ……。どこか静かなところで、小さくても温かな家庭の窓辺で大人しく咲いて、庭先では元気な子どもが子犬と駆け回るような、そんな幸せな光景を眺めながら暮らしていきたい……。そのためならこの身を散らしてでも……』
香月が笑顔で振り返ると、
「カノンさん、ハサミ出して――」
とても眩しい笑顔を見せた。




