67・スケスケツルムラサキのお茶
「シュルケンさん。危険がないのは分かりましたけど。報告には早く戻ってください。心配したんですからね」
香月に膨れ面を見せられて、シュルケンも頭を掻く。
「いやはや、申し訳なかったでござる。この世界に来て、初めての友好的な方でしたので。つい話が盛り上がってしまい、面目もない」
落ち着いて辺りを見渡した香月の目に、パラパラと小さな小屋が映る。モンスターに荒らされた様子もなく、ミニチュアの静かな集落といった趣はあった。
トケイト氏がお盆を抱えて戻ってきた。
「取って置きです。スケスケツルムラサキの新芽の茶葉です。どうぞ、召しあがってくださいませ」
花音が呟く。
「小っちゃ……」
カフェで頼むエスプレッソの半分。ままごと道具のカップにひと口分のお茶が湯気を立てていた。香月がホッコリとした顔を見せて、指先でカップをつまんだ。
「ありがとうございます。いただきますね」
クイ、とひと口で飲みほした彼女の顔がほころんだ。
「すごく甘い香り。美味しいですよ、皆さんも飲んでみてくだ……」
声がフェードアウトすると、なんと香月の姿が消えてしまった。一瞬にして一二三の表情が強張る。
「皆! 飲まないで!」
思わず声を荒げて竹刀に手をかけた一二三の横で、
「ホントだぁ。ちょっち高級カフェの味……」
ユルエの姿も消えてしまった。シュルケンも慌て始める。
「と、トケイト殿! 我々を把かったでござるか!」
緊迫する状況の中で、それでもトケイト氏は相好を崩してゆく。
「おやおや、ありがたや。お2人ともカニ隠しに会われたようで。なんとも羨ましいことです」
異様な空気に支配されてゆく中で、なおも一二三が竹刀を握る指に力を込めた。その足を、微かに震わせながら。
気持ちの悪い空気感は、さらに増してゆく。
「ひやぁっ!」
突然、花音が叫び声を上げた。一二三も尋常ではない妹の声に焦り始める。
「どうしたカノン!」
「誰か今……私に触った……。やだっ! また!」
「せ、拙者も今……! い、いや! 覆面はご勘弁を!」
花音の混乱が伝搬してゆく。そして一二三もまた、胴着の裾を何者かに引っ張られる感覚があった。
(透明人間……?)
「トケイトさん! あなたを敵として訊ねます! 何を飲ませたんですか! これは、どういうことですか!」
トケイト氏が、弱り顔に変わる。
「何、と言われましても。これは私の部族では祝いの席にだけ振舞われる貴重なお茶でございまして。皆さまへの心づくしなのですが」
その顔に、悪意は見えない。が、その間にも異変は収まらない。小さなカップが宙に浮かぶと、花音の顔に近づいてゆく。
「なに? 何なになに!?」
無理やりといった形でお茶を飲まされた花音が、やはり姿を消した。
「これはもしや……」
シュルケンがきつく眉をひそめる。一二三の道着も引っ張られっぱなしだ。
「トケイトさん、訊ねます! あなたはこのお茶、飲んだことがありますか!」
「はあ。お茶の振る舞い役は飲めないしきたりでございまして」
なんとなく読めてきた一二三に、シュルケンが後押しを口にする。
「亜空間、ではござらぬか?」
「僕もそういう気がしてます」
「では、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ということで」
「僕らも飲みましょう」
少しばかりの疑念はあったが、2人はカップをつまんでお茶を飲んだ。すると景色が一変した。消えたはずの3人の姿がそこにあるのだ。それどころか、知らない小人も3人現れた。
「兄ちゃん!」
まずは花音が一二三にしがみついてきた。
困り果てた香月の声もする。
「ヒフミさん。どうやら、こういうことのようです」
「そういうこと、みたいですね……」
「あのお茶を飲んだ人は、強制的に亜空間に取り入れられるんです。ラルシステムには、変わらず私たち5人。そこにいらっしゃる3人の小さな人たち。それと、トケイトさんのエネルギー反応が見えます」
状況は、ほぼ一二三の予想通りだった。
「じゃあ、次です。そこにいる人たちに話を聞きましょう」
にこやかな男女の周りを駆け回る、さらに小さな子どもの姿があった。その誰もが縫いぐるみのように小さい。




