66・カニ隠し
異世界イベント発生回です。何話か続けてお楽しみください。
行く当てはなかったが、5人の旅は続いていた。巌流からの命令はただ一つ、『凌ぐこと』だったからだ。
エンカウントする巨大モンスターはあとを絶たなかったものの、侍たちを撃退した5人には気の抜けるほど楽な戦いだった。ユルエと花音は、3人の戦闘中でも亜空間でのんびりと『2人ババ抜き』をやっているほどだ。
巨大カタツムリを3体倒したあと、いつもの香月の姿があった。倒れて瀕死のモンスターを、彼女はいつも手当てして去るのだった。
――「戦場では、傷を負っていれば敵味方なく患者さんなんです」
そう言う彼女は、バインドしたあとのモンスターから早く離れたがる。戦時下の、集団捕虜の拘束を思い出してしまうからだという。
そんな訳で料理長の腕前は、
「ジャジャーン! 今日のビーガン料理は『デカい灰色豆とデカい黒トマトと怖い紫ジャガイモのウマウマ煮込み』でーす!」
非常に偏り始めた。メニューに肉がない。
「魚は大丈夫」という香月のため、比較的キレイな渓流らしき場所で釣りに勤しむことはある。今日が、その日だった。
「お……大物でござる……」
手製の竿をしならせて、シュルケンが格闘している。
「頑張ってください! 至近距離になったらスパークしますから!」
釣り上げたのは、巨大ザリガニだった。
暴れまくるザリガニの急所を見つけると、シュルケンがクナイで一刺しして仕留める。それを見事な手さばきでユルエがバラバラに切り分ける。
「何か、味の薄っすいエビみたい」
塩焼きを口にした花音の感想により、残りはエビチリにすると料理長が気合を入れていた。ユルエのお姫様姿は、調理中だけコック服になる。都合のいいジョブチェンジだ。
食事あとの香月の日課は、ラルシステムを覗くことだけだ。近辺の地形とエネルギー反応を、今日も熱心に見ている。
1週間前のことだった。
キャンプ場所から食料調達に向かったシュルケンが、とある物を拾ってきた。
「靴――のようでござらぬか?」
モンスターの物と思われる革を器用に縫い合わせたそれは、サイズこそ小さかったが、3歳児なら履けそうな靴にも見えた。それ以来、香月は人間的生活を送っている種族の存在を熱心に探し回っている。
「見つかりましたか?」
一二三が亜空間へ入ると、やはり香月が熱心に目の前を指でなぞっていた。
「ああ、ヒフミさん。ちょっと気になるとこがあるんですけど」
「へえ、どんなとこなんですか?」
他人が覗き見られないことが、ラルシステムの欠点だ。
「ここから遠くない場所です。気づいたんですが、エネルギー反応の色って、モンスターは赤く表示されるんです。私たちは青、あの侍さんたちの場合は白で、今見ているのは黄色の反応なんです。4つの反応が、ずっと固まってます。どう思います?」
あんな目に遭っても、香月は『侍さん』呼びをやめない。
「黄色かあ。なんか危険信号っぽいですけど。まあ、迂闊に近づくのはどうかなって思いますよ」
「ですかねえ。でもちょっと気になります。シュルケンさんに頼んでみましょうか」
渓流の岩場に座ってクナイを磨いていたシュルケンを見つけて、香月と一二三は話を持ちだして見た。
「そのように近くでござるか。ならば、ひとっ飛びでござるよ――」
そういって飛び出していったものの、そのシュルケンが2時間経っても帰ってこない。ほんの90メートルの距離だというのに。
「フォーミュラさん。様子はどうなんですか?」
心配になった一二三が香月に訊ねる。
彼女は浮かない顔で、
「それが、黄色の反応の中に青く――シュルケンさんですが、その反応が動かないんです」
「それって、何かに巻き込まれてないですか」
「行ってみませんか?」
ということで、亜空間とはいえユルエたちを置いていくのも危険だと判断して、4人で移動を決めた。香月が言うには、谷の方らしい。
多少の歩きにくさはあったが、渓流に沿って谷へ向かうと、小さな煙が立っていた。そしてまた、小さな家屋のようなものも見えた。驚くべきは、そこでシュルケンが座り込んでいたことだった。特に争いもないようなので、まずは一二三が声をかけた。
「シュルケンさん、心配しましたよ!」
が、彼は待っていたかのように笑顔で振り返る。
「おおヒフミ殿! すまなかったでござる。トケイト殿の話が楽しくてついつい」
「トケイト殿?」
もう一度しっかりと確かめると、シュルケンの陰に誰かが見える。が、とても小さな子どものようだ。危険はなしと判断して、香月たちを呼んだ。
「これはこれは、またもや異世界の方々。初めまして、トケイトと申します」
まずは誤解があった。子どもではなく、小さなお爺さんだった。禿げ上がった頭の、にこやかな姿だ。青いシャツに赤いチョッキ、それに緑のズボン。あの靴を思い出せば、それがちょうど合いそうな大きさだった。
「わお! 小さいオジイさん!」
「小さい……私より小さい……」
「マルズ星にも人類に近い生物がいるとは聞いてましたが……」
ユルエ、花音、香月と、それぞれの反応は別として一二三には責任がある。リーダーとしてのだ。
「初めまして、沢渡一二三と言います。僕の友人がお世話になっているようで。急な押しかけで失礼はありませんでしたか」
小さいお爺さんは丁寧に禿げ頭を下げて、
「トケイトでございます。いえいえ、シュルケン様には興味深い話を聞いていたところでございます」
また、にこやかに笑った。香月が早口で訊ねる。
「あの、もしかして他にご家族が? 3人いらっしゃいませんか?」
するとトケイト氏は、不思議な顔を見せた。
「はて、3人ですとな? そなたもしや、『カニ隠し』のことをご存じで?」
「カニ――隠しですか?」
「ええ。私の家には確かに、最近まで娘と娘婿、それに孫がおりました。しかしそれが『カニ隠し』に会ったようで。どこかへ消えてしまったのです」
謎の言葉だった。シュルケンが説明する。
「ここには昔から多くの人々が暮らしていたらしいのでござるが、トケイト殿一家を残して、いなくなったらしいでござる。その最後の家族までもがいなくなってしまったと」
その割には悲壮感がない。詳しく話を聞かなければならなくなった。
トケイト氏の話が始まる。
「カニ隠しは決して悪いものではないのです。カニ隠しに会った者は皆、ディランブランの国で幸せに暮らせるようになるのですから。私も早くカニ隠しに会って、家族のもとへ参りたいのです」
その話を聞きながらも、香月はラルシステムと周囲を見比べている。
「ヒフミさん。やっぱりここには4つの黄色いエネルギー反応が残ったままです。どういうことでしょう」
「その『ディランブランの国』っていうのが分からないと、今はなんとも言えませんよ」
そんな2人の小声の会話が聞こえたか、トケイト氏が手を叩く。
「よろしければ、部屋に入っていただいてお話を。おお、しかし皆さん背がお高くいらっしゃる。お茶でも入れますので、お待ちくださいませ」
言うと彼は、チョコチョコと小さな家へ入っていった。




