65・決戦、七人の侍vs五人の戦士
巌流もベルモットも不在の中、7人の侍が真っ向から姿を現す。
待ち受けるは、実質戦闘要員2人の一二三班。
一二三の仕掛ける策とは、いったい――。
風が止み、砂埃もなく、遠くから近づいてくる姿はもう見えていた。7人の侍は堂々と、卜伝を先頭に現れた。
対峙するのは、先頭に一二三。右に香月。左にシュルケンという陣形だ。
「ほお。一刀斎から聞いておったでしょうに。女子どもを3人も抱えて逃げも隠れもせずですか。まずは天晴れといったところですな」
閉じたような目で皺深く笑うと、卜伝は長い白髭を撫でた。そんなものは無視して、一二三はただ一人の男を注視していた。
「『逃げる』という戦い方は、師匠に習わなかったもので」
上段右の構えで竹刀を握る一二三は、近づく猛者どもに怖気づかない。
卜伝の後ろでは4人の男たちが、すでに含み笑いを始めている。声に出して笑っているものまでいる。
「何がおかしい!」
一二三は少しずつ後ずさりながら、それでも語気を強める。
「いやいや。そこら中に掘ってある見え見えの罠が、何やら童っぱの戯悪を思い出させましてな。孫の顔が浮かんだだけでして。その穴、深くは掘っておりますまい。掘り起こした土が、どこにもありません」
「海に捨てた!」
「なるほど。その言葉に免じて、その穴は避けて通りましょう」
そこへ一刀斎。
「卜伝さん、あの嬢ちゃんには気をつけてくださいな。妙な技を使いますゆえ」
香月の顔が厳しくなる。侍たちがニヤニヤとにじり寄る。
「それじゃあ――」
一二三の号令がかかる。
「皆! 逃げて!!」
言うと香月が10歩退き、シュルケンはさらに遠く岬の果てまで跳び下がると座り込んだ。その脇ではユルエがお姫様姿で鍋を沸かしている。どころか、花音まで付き添っている。今から戦闘開始という時に異常な光景だ。
「せえいっ!!」
一二三は真っ向から卜伝へと突進した。
それはさすがに読んでいなかったようで、一二三の振り下ろした竹刀を、すかさず卜伝が削り出し棒で受ける。避けきれなかったのだ。
「若いですのお。早死にしますよ」
「そのつもりはない!」
得意の組み打ちからの面を素早く振り下ろすと、卜伝が後ろへ飛んだ。
「なるほど。太刀筋がよい。いい師匠を持ったという訳ですの」
その目がイヤらしく光ると、声を上げた。
「千葉! 丸田! 信綱! 穴を踏み散らしてゆけ!!」
「おおっ!」と向かってくる侍3人が、花音の掘った穴を勢いよく踏む。一二三は、(絶対に踏んでくる)と読んでいた。その証拠に、足元が弾け飛んだ。花音が植えたのはヒマワリの種ではなく、シュルケンの持っていた火薬玉だったのだ。
ダメージはなくとも、何の仕掛けもないと思われた場所で炸裂した火薬に、さすがの猛者も瞬間だけたじろぐ。そこへ掛け声もなしに、香月の左手から糸が飛んだ。
「『患者の一時拘束』。ケガをさせるつもりはありません。大人しくしているならば、何もしませんから」
香月のバインドは彼女の意志の強さからなる特殊能力だ。力で外せるものではない。剛力の男どもが必死にもがいているが、身動きは止めた。
(よし、まずは3人! 十分だ!)
一二三は卜伝から間合いを取る。その遥か奥ではシュルケンが党首のように座り込むだけだ。そして鍋の煙。
途端に、卜伝の声が苦々しいモノに変わる。
「こやつら……。何やらつまらぬ策を講じておる。よい、マスターキーはワシが自ら仕留める」
そう言って卜伝が香月へと襲いかかった。しかし、みすみす見逃す一二三ではない。
「させない!」
だが、叩きにいったその竹刀を長い薙刀の柄が止めた。間壁氏幹、背の丈2メートルの巨漢が、竹刀ごと一二三を蹴散らした。
「ぐあぁっ!」
腕がしびれる激痛に、一二三がのたうち回る。卜伝はそれを横目にもせず、香月の細い首筋に手をかける。
「殺しはせん。楽に落としてやるだけじゃ」
香月がバインドの手も動かせず、残った細腕で抵抗する。
「やめろ! フォーミュラさんに手を出すな!」
「バカが。要らぬ小細工などするからじゃ。おい真壁、小僧の始末を」
長い薙刀が空に伸びる。その時、さらに遥か上を鈍く光る物が飛んだ。
間壁氏幹の手が止まり、その目が岬の先を捉える。そこにはすでに影を増やした3人のシュルケンが、ふざけたことに肘をついては寝そべっていた。ベルモットが図書館で借りっぱなしだったお薦めのレディスコミックをめくり、あくびをかましながら片手間に手裏剣を投げている。
彼の投げる手裏剣は数を増し、空を切り裂いてはその手に戻る。さらに影が5人に増えれば、周辺には虚実織り交ぜて何十という手裏剣が飛び交い始めた。
「こやつら、バカにしおって!」
シュルケンの態度に真壁が大いにイラつき始めた。落ち着き払っていた卜伝の表情も、さらに苦々しいモノに変わってゆく。
「こけおどしじゃ! 当たらぬ手裏剣などに構うな! 一刀斎! 重兵衛! お前らも動かんか!」
しかしそこは、一二三の読みが当たっていた。柳生重兵衛は座り込んだまま、びくりともしない。その男が巌流との闘いにしか興味がないのだと見抜いていたのだ。一刀斎といえば、のらりくらりと、影の手裏剣を叩き落としては消していた。
「ええい! どいつもこいつも!」
香月を絞め上げる卜伝の手に力がこもる。彼女はもう、呻き声さえ出せない。
「シュルケンさん!」
一二三がついに声を上げると、最後の大仕掛けの始まりだった。岬の端から、7人に分身した影が猛スピードで走るとその場を駆け抜けた。ただ駆け抜けただけだ。しかし瞬間の出来事に侍たちは動きが止まる。かと思うと、
「どおぅりゃああぁっ!!」
お姫様が裾をたくし上げ、煮え立つ鍋を抱えて向かってきた。同時に、
「『ダブル・バインド』!!」
香月の包帯が卜伝を縛り上げる。
「なっ……」
「げほっ! ナースの包帯は一本だけじゃありませんから。この至近距離では躱せなかったでしょう」
なおも、
「どおおおぉぅりゃああああっ!」
迫るお姫様が雄叫びを上げた。香月がバインドを解き、思いきり卜伝を突き放した。よろめく身体を真壁が受け止める。
(私のバインドは患者さんの身を守るモノ。電流は通さない。お願いユルエさん――)
「ユルエさん!!」
「はいいっ! つかまつったあ!!」
ユルエが鍋を振り回すと、熱湯が辺りに散った。避けたのは一刀斎だ。
「フォーミュラさん!!」と、一二三の合図。
「はい!『A.E.D.』!! レベル4!!」
香月の右手に青い火花が散る。その青い稲妻はぶちまけられた伝導性抜群の食塩水と大気中の浮遊電子を次々にたどり、卜伝へ、そして真壁へと高電流を走らせた。
「ぐああああっ!!」
心肺停止の患者を蘇生させる香月の『A.E.D.』はオートマチックではなく、彼女の判断でのみ作動し、常人に使えば逆の効果となる。口から泡を吹いて倒れ込んだ真壁と卜伝をふたたび香月がバインドすると、一刀斎が口笛を吹いた。
「大したもんだ。侍の戦いじゃねえが」
「お前もやるか?」
一二三が睨みつけると、
「いやあ、やめておこう。昨夜より酷い目に遭いそうだ」
苦笑いで返した。一二三も口元だけで笑った。そして大きくひと声。
「皆さん! すぐに逃げますよ! 急いで!」
走り去る5人を追える者は、いなかった。一刀斎はその後姿を見つめて、
「アイツの師匠は『逃げ方』まで教えてたか――敵わねえな」
楽しげに笑うだけだった。
ちょっと煽りましたが、今はこういう戦い方しかできない一二三です。
今後の成長にご期待ください。
 




