63・伊藤一刀斎
「ほう。小物が3人並んだな」
巌流不在、ベルモット不在の中。いきなりの大物が現れた。あの中でも生き延びていたのか、不敵に笑ってみせるのは一刀斎だ。
一二三は身を低くして最下段の構えで応じる。
「何の用だ! 1対3、負ける訳にはいかない!」
一刀斎は刀に指も触れず、右手は着物の合わせに腕を突っ込んでいる。戦闘の意志が見えなかった。
「なあに、ただの視察だ。ここで無断戦闘を起こせば、卜伝の爺さんからキツイお叱りがあるもんでな。香月・フォーミュラ、確認がある。ラルシステムは回復したか」
香月も及び腰ながら、指をいっぱいに開いた左手を差し出してけん制している。
「あなたに話す義理はありません!」
「ござるな。先日は不覚を取り申したが、今日は勝手が違うでござるよ」
シュルケンが瞬時に影を5つ作った。一二三、香月、シュルケン。いずれも臨戦態勢だ。
「まあ、そう構えるな」
一刀斎が右手を懐からゆっくりと抜いたところへ、
「『対患者用・一時拘束』!!」
香月が声を上げると、彼女の左手から白い糸が瞬時に伸びた。伸びた糸は一刀斎の身体に巻きつき、彼の動きを止めた。
「おーっと、なんだこりゃあ。これじゃ刀も抜けそうにねえな。可愛い顔して、結構えげつないことしやがる」
白い包帯で上半身を縛られた一刀斎が、意外にも焦った顔を見せた。
「それは私の意志が解けるまで、3時間は抜け出せません。何なら、足の方の自由も奪えますが」
「おいおい、やめてくれ。それじゃあ逃げる足もなくなっちまう」
強がりの笑みを見せた。
「用は何ですか。それを聞きだすまでは帰しません」
香月の気迫に負けたか、
「だからよお、今日は視察だって。正々堂々と伝えに来ただけだ」
「何をですか」
「明後日、俺たちはお前らを襲撃する。せいぜい、それに備えておいてくれってな」
それには一二三が吼える。
「お前らの『正々堂々』が信じられるか!」
「だからよお。俺は伝えに来ただけだって。この世界を3日も生き延びたお前らだ。こっちも舐めてはかかれねえ。そして俺の状況は最悪。今日はどうにも相性がよくねえらしい。お嬢ちゃん、このグルグル解いちゃくれねえか。ちょっとばっかり、息が苦しくなってきた」
この期に及んで強がる一刀斎を、香月が睨む。
「今から電流を流します。次第に強く、意識がなくなるまで。それまでに本当のことを話してください」
今度こそ、一刀斎の顔がゆがむ。
「待ってくれって! 本当にそれだけだ! ウチの連中に、どうしても闘いたがってるヤツがいる! ガンリュウって男とだ! だから本来なら俺には関係ねえ!」
「残念ですが、ガンリュウさんはここにいません」
先走った香月の台詞を、一二三が止められなかった。その事実は教えるべきではなかった。
「なんだ。よく分かんねえが、いないなら仕方ねえ。重兵衛にも伝えておく。だから、もう一回言うぜ? 明後日、俺たちはお前らを襲撃しなきゃならねえ。これは確かだ。卜伝の爺さんが決めたことだからな。正直に話すが、俺はお前らを殺す気はない。上に従ってるだけの使いっ走りなんだ」
しばし悩んだ様子の香月が拘束を解いた。一刀斎は大きく深呼吸を繰り返す。
「ふう。おっかないお嬢ちゃんだ。じゃあ伝えたぜ。俺は魔物でも倒しながら塒に帰る。お前らもゆっくり休んで英気を養いな。ああ、怖っ」
そして、跳ねるようにして本当に帰ってしまった。一気に3人の構えが解ける。
「き……緊張したでござる」
「僕もですよ。1対1じゃ絶対に勝てそうにないですから。けどフォーミュラさん、すごい駆け引きでしたね」
一二三も感嘆の言葉をかけた。香月は一刀斎の去った闇を静かに見据えている。そして呟く。
「私やっぱり、あの人を知ってる気がします……」
その声色から汲み取れるものは少なかった。転生、転移。その中で人の因果は様々に絡み合う。彼女たちがその真実を知るのは、まだまだ先のことだった。




