62・若きリーダーの決意
煙る地平線の先。見る間に遠くなっらオオカミの姿に、ヒフミは絶望しかなかった。この魔物が住む世界で、最強の両翼を失ったパーティーのリーダーを務めなければならなくなったのだから。しかも、何をどうするべきかが分からない。まったく思い浮かばない。
巌流は「凌ぐだけでいい」と告げた。このモンスターの跋扈する世界で、その「凌ぐだけ」がどれほど困難であるかを思えば、ひざをついて力が抜けてゆくばかりだ。途方もない絶望だった。
「ヒフミ殿――」
背後にシュルケンが立った。
「これはきっと、ガンリュウ殿の最適の選択。間違ってはいないと思うでござるよ」
「そんなこと言われても僕……」
「仲間ではござらぬか。何もすべてをヒフミ殿に任せるつもりはないでござる。拙者のことは信用できぬでござるか?」
そんな明らかな慰めに、香月も責任を感じて続く。
「ヒフミさん。私のラルシステムも同期した世界です。危険はすばやく察知して移動すれば、きっと大丈夫です。2人が帰るまで、皆で力を合わせましょう!」
そう励ますしかなかった。それほどまでに一二三は自信を失っている。
「ヒフミン。特訓、特訓。サボんなかったら木も倒れる!」
ユルエまでもが気を遣った。
「兄ちゃん……」
隠さない不安が、花音の声からも伝わる。守ると決意した自分の心が、結局は巌流たちの力を頼ったものだったのだと知った今、どれほどの強気な言葉も出てこない。
動き出さない一二三の前に立ったのは、花音だ。次の瞬間、ヒフミの左頬が弾かれた。
「兄ちゃん! 頼まれたんだよ? あんなすごい人たちに任されたんだよ? 逃げるの? それでいいの? そんな弱い兄ちゃんならいらない! 私は一人でもダックスを探しに行く!」
そう激しく怒りをあらわにすると、花音は本当に背を向けて岬を離れ始めた。
「ダメですノンさん! 戻ってください! お願いですヒフミさん、私だって力になります。立ち上がってください。あなたが私たちの、新しいリーダーなんですから」
一人歩き出す花音へ、そして一二三へ、ユルエがゆるく声をかける。
「ノンノン。お弁当作ってあげるから、ちょっと待っててぇ。あと3日くらいで、美味しいの作ってあげるからさぁ。タコさんウィンナー作るし? だからヒフミン、タコ釣りよろしく」
あれ以来、何度となく挫けてきた一二三が、持ちこたえるために立ち上がる。この苦境の中で、自分が負けるころは許されないのだと。リーダーなどという、恐れ多いものになれる自信はない。それでも誰かが、このパーティーをまとめ上げなければならない。「一人でもダックスを探しにゆく」と言う妹の決意に負けていていいのかと、言葉だけで自分を奮い立たせるしかなかった。
緩々とではあったが、一二三は立ち上がる。
「僕が、リーダーを務めます。シュルケンさん、僕に力を貸してください。カヅキさん、知恵を貸してください。カノン、兄ちゃんは負けない。だから、ダックスは皆で探そう。皆、集まってください」
決意した一二三のもとへ、まずシュルケンが近づいた。ユルエも加わり花音へ手招きをする。間があり、こちらも何かを決意した顔で花音が戻ってくる。
「僕は誓います。巌流さんたちが戻るまで、僕はもっと強くなります。だから、この手に皆の手を重ねてください」
一二三は場の中央に右手を差し出した。香月がその手に右手を重ね、花音の手を取り自分の手へ重ねた。その上に、包み込むようにしてユルエが手を置く。最後に、
「さて、頼もしくなってきたでござる。拙者、命を賭して闘い抜きましょう」
シュルケンが手のひらを重ねる。5人の手が重なれば一二三が左手を乗せて、すべてをまとめた。
「5人もいるんです。僕たちは、負けません!」
5人分の手のひらが大きく跳ねると、誰もが頭上で拳を握りしめた――。
再生成された香月の亜空間は10時間後に消える。その中で誰もがそれぞれの思惑を抱いて、ひと時の眠りに就こうとした、その時だ。警戒していた香月が叫んだ。
「ヒフミさん! 何か近づいてきます。エネルギー反応は一つ!」
一二三は横たえたばかりの身体を素早く起こした。
「カヅキさんとユルエさん、カノンはここにいてください。シュルケンさん、僕らで打って出ましょう」
「仕った」
が、開いたラルシステムをそのまま、香月が立ち上がった。
「いえ、私もいきます。戦力にはなりませんが、何かの役には立ってみせますから」
3人が目くばせを交わす。。
「分かりました。行きましょう」
亜空間の外へ出ると、確かに目に見えてこちらへ近づく者がいた。
「よーお、探したぜ。亜空間なんか作ったのが裏目に出たなあ。お陰で楽に補足できた」
忘れもしない、伊藤一刀斎が長い刀を腰に差して足音も隠さず現れた。
ストックを放出しましたので、明日からは時刻不定で投稿します。
でもなんとか1日1話を目標で!
よろしくお願いします!!




