61・待ち伏せる者たち、そしてまた解散
「千葉――。一刀斎は、どうしました」
暗黒部。
この暗黒の星にも、さらに陰となる場所が存在する。
「はい、卜伝殿。それがまた、上部に出たきり戻りません」
「また悪い癖か。持てる全員に、ラルシステムの展開を伝令しておきなさい」
「はい! 早急に!」
無数のLEDに囲まれた洞窟から千葉が去ると、卜伝は朽ちかけた岩石のテーブルに肘をつき、指を組んだ。
(どさくさとはいえ、ワームホールは抜けた。被害は甚大だったがのお)
卜伝は床に寝かされた二つの遺体を横目に、今はその目覚めを待っていた。
(大転生者、今はどこにおるのだ。時はまだ――そういうことなのか)
「主殿。本日のお目覚めはいかがでございましょう」
「ほほほ。くるしゅうないぞえ」
場所は移り、セドールに運ばれて大陸東の岬にいた。
「あの2人。どうなってるんですか? ユルエさんがおかしいのは前からですけど、シュルケンさんまで」
「知るか。前世の因縁に囚われてるだけだろ」
「前世ってその、お姫様とかいう設定ですか?」
その先はどうでもいいという顔で、ベルモットは巌流のもとへ向かった。巌流はオオカミのセドールと話し込んでいる姿しか見せない。時に、香月にも質問を並べていた。この世界の理をひとつでも理解しようと、彼も躍起になっていた。
「兄ちゃん」
体調の回復した花音は、この異世界でも標準装備なのか、薄紫色のランドセルを背負っている。
「お前、そのランドセルって何が入ってんだよ。ジャマだったら、下ろしとけばいいだろ」
花音はその問いには答えず、
「ダックス、大丈夫かな」
その心配ばかりだ。
「お前の飼い犬だろ。戻ってくるさ」
「そうかな……。なんだかもう、ダックスには会えない気がして」
言うと、右手のひらを見つめては黙る。
気弱な妹というものを、一二三は数日間、見守り続けている。この異常事態の中で、いつもの生意気さを見せろというのは無理な話だった。
「お前、ダックスからどんな話を聞いてんだ? 俺なら誰にも話さないから。少しくらい教えてくれてもいいだろ。兄妹だろ?」
「言っちゃダメって。言ったら、皆が困るって」
頑なだった。学校の友達の秘密を持ち帰って、夕食時に暴露するのが大好きだった妹とも思えない。そして、こんなことを言いだす。
「私、昔のことは覚えてるけど未来のことは覚えてない。今、私がこの手をちょっと動かすだけで、その先は何か変わるのかな。右と左に道が分かれてて、いつも自分で選んでたつもりでも、それは誰かの決めた未来なのかな。もしかしたら昔の私が何か間違えてて、だからこんな大変なことになってるんじゃないかな」
花音は昔から、思いつめるとすべて自分のせいにしようとする嫌いがある。修学旅行前に熱を出した時も、1週間前のあれこれを後悔して泣いていた。テストで100点取らなければカゼなんか引かなかったかも。コンパスの円を描く時、気まぐれで左回りにしたのが悪かったんじゃないか。と、些細な事柄をつまみ上げては、不運な我が身を嘆いていた。
「兄ちゃん、ユルエさんと仲良くしてる?」
「なんだよ急に。いつもどおり、普通にしてるだろ」
「普通じゃ……何も進まないよ」
それだけ言い残すと、亜空間にこもっている香月のもとへ向かった。
右を見れば忍者とお姫様。左を見れば談義中の巌流たち。一二三には、プレッシャーの少ない香月と花音を選ぶしかなかった。
「おじゃまします――」
周囲から隔絶された亜空間だからこそ、女子2人の場所へ立ち入るのは躊躇があった。基準点である十字を刻んだ地点に向かうと、特に周囲と変わりない空間が広がっている。ただし、中から外は見えるが外から中は見えない。コンビニサイズのプライベートスペースだ。
「ああ、一二三さん。ちょうどよかったです。今、ラルシステムが完全同期したところです」
浮かない顔の続いていた香月の見せた笑みに、一二三も安心した。
「それって、どういうことなんです?」
「はい。まずはこの世界の地形の把握です。私たちはこの星の極点に近い場所にいます。ですから白夜か極夜の付近に位置します。ただしこの星は今、地球の外殻に遮られているので、太陽となる恒星は上空に存在しません。ですから、どこにいても同じようなものです。大気中に浮遊する光源物質の屈折連結のみによって明度を保っています」
「えっと、日本語でおーけー?」
「え? ですから、えー、いつもこれくらいの明るさだということで」
だいぶ端折られた気分だったが、それで頷いて見せるしかなかった。
「それで、この星には大きく5つの大陸と3つの島が存在しています。私たちがいるのは、もっとも小さな大陸の東の端です。地球で言う、オーストラリアと同じくらいの大きさでしょうか」
まずは一二三の頭に、ヒツジのモンスターが浮かんだ。それなら食べられそうだと。
「それから、そうですね。周辺2.005pr――150メートル圏内にエネルギー体があれば、その存在も確認できます」
「そうなんだ。じゃあ、今のところは何もいないってことですね」
「いいえ。少なくとも600以上のエネルギー体は存在しています」
「ええっ! 落ち着いてていいの!?」
一二三が思わず竹刀を握ると、
「大丈夫だと思います。50~80単位の群れで大人しくしていますから。ヒツジの放牧と同じだと思ってください」
やはり、ヒツジだったらしい。
「他には?」
「はい。私たちが入ってきたワームホールのような穴が、無数にあります」
「じゃあ。もしかすると、そこから僕らとは別の誰かがマルズ星にやって来てるかもしれないってこと?」
「それもないとは言えませんが。ほぼ、地上に出現したモンスターが空けた穴だと思われます」
そうなると、地上にはまだモンスターが現れていて、街を襲撃しているのだろうか。そう訊ねると、
「それはないかもしれません。地上でのモンスターの出現は私たちがいた八王子や、あの侍たちが拠点としていた場所に限られていましたから。理由は判然としませんが、モンスターの狙いは私たちにあるんです」
これもまた、香月は平然と口にした。
巌流から全員召集の声が上がったのは、風が強くなり始めたマルズ星の夕刻だった。
「聞いてくれ。今から俺とベルモットは別行動に移る。お前たちはお前たちで、なんとか凌いでくれ。凌ぐだけでいい。それくらいならできるな、ヒフミ。たった一つだ。カヅキとカノンと皆を守れ。それだけだ」
信じられない言葉と共に、二つも三つも任された。
「そんな! ガンリュウさんとベルさん抜きで――そんなのムリです!」
「ムリ、か。そんな言葉を教えたつもりはないが。男子3日会わざれば刮目してみよと言う。ベル、行くぞ」
言葉のまま、巌流はベルモットをオオカミの背中に放り投げると、自らも飛び乗った。
「フォーミュラ――気をつけろよ」
ベルモットの意味深な言葉を最後に、オオカミが5人の頭上を大きく越えて走り去った。




