表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/75

60・再集結、マルズ星


「馬、ですか?」


 亜空間に戻った巌流は、「馬を拾った」とだけ香月に告げた。


「ああ。この世界にも詳しい」

「はあ。それより砂まみれですよ。キレイにしてください。『滅菌(クレンリネス)』しますから」


 香月は花音へ向けていた右手を離し、巌流へ向けた。その身体が、薄い白に包まれる。


「すまんな。これでまた、風呂は1週間先だ」

「カノンさんの容態(ようだい)、少し回復しましたけど。どうしましょう」

「馬に運べ。どうやら俺の馬には、この世界への侵入者が筒抜けらしい。集合できるぞ――」



 巌流が花音を抱いて城の外へ出ると、まずは香月が顔色を青くした。


「い……犬は苦手なんです。しかも、こんな大きな……」

「犬じゃない、馬だ。おい、セドール。乗せてくれ、一人は病人の娘だ。もう一人、具合の悪いのが増えそうだが」


 セドールは何も言わず、その仕草で答えた。伏せたままで左の足をスッと伸ばすと、背中へ向かう緩やかな傾斜を作った。


「ホントに、乗るんですか? 信用していいんですか?」

「信用や信頼は築くものだ。無礼さえなければいい。乗れ」




 その頃、湖のほとり――。


「毒さえ消せば食える。カエルは足がイケるんだぜ」

「そうは言われても、モンスターですよ? てか、ユルエさん。なんでフライパン持ってるんですか?」

「おほほ。料理長ですから」

「主殿、さすがの手捌(てさば)きにござりまする」


 一二三以外は、その異変をすんなりと受け入れていた。ユルエはいつの間にか、フライパンどころか小さなキッチンカーまで用意している。


「だあって異世界でしょ? ドラ●エでもなんでも、職業にはそれなりの武器と防具がお決まりでありんすよ。くるしゅうないぞえ」


 ユルエはなぜか、お姫様の衣装でフライパンを振っている。


「キッチンカーは武器でも防具でもないです。馬車ポジションですよ」

「ヒフミ、文句あんなら食わなくていいんだぞ。今後、こういうメシが続くんだからな。耐えられるか?」


 ゲテモノが苦手な上に、異世界の毒ガエル。一二三も今回はパスだった。順応力(じゅんのうりょく)という部分では、その面子(めんつ)を尊敬するしかなかった。



「まあ、なかなかだったな。ユルエ、次はコショウとか用意してくれ。錬金術者はスパイスが力の源なんだからよ」


 そんなベルモットがカエルの骨を湖に放った時だった。林の向こうからバキバキと、木々を踏み倒すような激しい音が聞こえてきた。


「なんかデカいのが来るぞ! オメエら、カエル食ってる場合じゃねえ!」


 冗談ではないと、一二三が立ち上がって竹刀を構える。威圧感が普通ではない。心なしか重低音の(うな)り声が聞こえてくるようだ。

ベルモットが臨戦態勢になれば、シュルケンもふざけている場合ではなくなる。当たらない手裏剣を手にした。

 ベルモットが慎重に火種を灯す。


「オレが一発、けん制する。その反応で、あとは臨機応変だ」


 だが、様相は違った。何者かが接近しているのは確かだったが、人の声が聞こえる。しかも、誰もがよく知った声だった。


「これって――」

「おい――」

「おやまあ、お懐かしい声でありんすなあ」


 背の高い草をかき分けて走ってきたのは香月だった。


「皆さん! ご無事で!」


 ナース服の彼女が、ホッとした顔で駆けてくる。


「ファーミュラさん! 大丈夫でしたか!? モンスターとか遭遇しませんでしたか!?」


 一二三に訊ねられた香月が、微妙な顔を見せる。


「モンスターなら……。もうすぐガンリュウさんが連れて……」


 メキメキメキッ、と、目の前の木々が何かに押しつぶされた。灰色の影は眼光も凶暴そうな巨大オオカミだった。思わず炎を打ち出そうとしたベルモットを香月が制する。


「違うんです! あれはガンリュウさんの馬で、その、モンスターじゃない――と思います」

「あれが馬ですか!?」


 一二三がオオカミと香月を交互に見比べる。


「ちょっとした成り行きで。ガンリュウさん! 皆さん、ご無事でした!」


 見れば、巨大オオカミの上に巌流がまたがっている。その腕には花音の姿も見えた。


「カノン!?」

「はい、一緒です。ただ無事ではあるんですが、体調がよくないようで」


 状況が飲み込めないでいると、オオカミの大きな背中から巌流が飛び降りてきた。その背中には、裸の円月刀(えんげつとう)を背負っていた。


「揃ってるな。馬を調達した。今から事は大きく動く。お前たち、よく聞け」

「事ならもう、すごいのが大きく動いてるじゃないですか! 巌流さん、これ、どういうことなんです!?」

「動じるな。そういう細かいことはあとだ」


 どうにも彼には、オオカミは大事ではないらしい。その貫禄(かんろく)に一二三も屈服(くっぷく)するだけだ。



 湖のほとり。静かに這いつくばっている灰色オオカミを背中に、巌流の話が始まった。


「どうやらこの星は、終わりを迎えようとしているらしい。セドールから聞いたが、俺も上手く説明はできん。カヅキ、あとを頼む」


 横たわった花音に手を添えたまま、香月が真剣に話し始めた。


「ここは間違いなく、マルズ星です。しかも未来のマルズ星です。400年前にやってきた何者かが、この星に混乱をもたらしました。魔物の惑星とはいえ、それまでは秩序だった国々が存在したといいます」


 額に冷や汗を流す者、(いぶか)る顔を見せる者、『たまごっぴ』に集中する者。それぞれだった。そこへ突然、一二三のスマホが鳴った。即座に巌流が話を止めた。


「ヒフミ、すぐに出ろ」

「あ、はい。えっと――渡辺からのチャットが返ってます」

「読め」


 と言われて画面を見て、一二三は眉をひそめた。


 ――『お前 生きてたのか!? 警察が1か月捜索しても見つからなかったのに 早く家族のとこに帰れ! 心配してるぞ!』


 1か月――。まずはその意味が理解できなかった。ワームホールを抜けたあと、一二三の体感では3日ほどだ。


 そのままを話すと、香月が「憶測ですが」と前置きをして、また話し始めた。


「この世界、恐らく上の世界の時間と流れが違います。もしかすると、こちらの24時間が、あちらでは10日以上に当たるんじゃないかと」

竜宮城(りゅうぐうじょう)か――」


 そう言ったのは、巌流だった。


「カヅキ。それは忘れろ。重要なことだけ伝えてくれ」

「はい。皆さん聞いてください。ガンリュウさんが言ったように、このマルズ星は星としての終わりを迎えつつあります。もう確認できたように、転移した地球は今、このマルズ星を核にして保たれてるんです。ですから、この星がなくなるということは地球が支えを失うということです。空っぽになった地球は重力作用で――壊れてしまいます」


 そこに、分かりやすくベルモットが口を挟んだ。


「風船の空気が抜けちまうってことだな。で、オレたちは具体的にどうすりゃいいんだ。何ができるんだ」


 香月が一度、巌流の顔を見る。巌流は黙っている。


「この星を『終わらせようとしている何か』、『誰か』を倒すのみです」


 そして、巌流が口を開いた。


(いくさ)だ。魔物退治がどうだのという話じゃない。総本山(そうほんざん)を叩き潰す。もう一度言う。命がけの(いくさ)だ。誰が死んでも文句は言うな」


 ユルエの『たまごっぴ』が、ピリリン、と音を立てた。それが余計に、不気味さと恐怖を(あお)るのだった。


今夜の連続投稿は、これにて終了です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ