53・ワームホール、そして旅立ちへ
まだ足元のふらつくシュルケンをかばうのは一二三だ。「皆の帰りを待ちましょう」という一二三に、「どうしても今でなければ」とせがむシュルケンの真剣な言葉を拒むことはできなかった。
まずは白いワームの食いつくした地面までたどり着くと、先に向かっていた4人が大きく空いた穴を覗きこんでいた。花音の手には、しっかりとダックスのリードが握られている。
遅れてやってきた3人に気づいた巌流が振り返る。
「シュルケン、まだ無理はするな。詳しい話は戻ってからでいい」
そんな優し気な巌流の言葉にも、シュルケンが頷かない。
「拙者ならば心配無用。それよりも、この穴。『ワームホール』というものであると、卜伝から聞きました。あやつら、最初からこの穴を作るためにカノン殿をダシに使ったのでござる」
黙り込んだままの巌流は、相変わらずでこの手の話についてこれない。代わりにベルモットが訊ねる。
「ワームが空けた穴ってことか。何か、意味があるのか?」
「左様でござる。このワームホール、この奥には魔物の住む星、マルズ星に繋がっているらしいのでござるよ」
思わず、香月が話に割り込む。
「それは、本当のことなんですか? 卜伝さんが言ったんですか?」
「まあ待て、フォーミュラ。話のジャマすんな。じゃあ、あのジジイが言ってた話はガチだったってことか。憶測じゃなくて確信があったって訳だな」
シュルケンは、まだどこか痛むのか、苦しげな声で続ける」
「恐らくでござるが。卜伝と一刀斎という男が話しているのを、気を失ったフリで聞いておりました」
「よし。詳しく話せ。ただし、簡潔にな」
「簡潔に、でござるか……。ならば、そういたそう。卜伝の転生は、二度や三度ではないということでござるよ」
さすがのベルモットも、返答に困った。
「ま、待て待てまて。だとして、アイツらはフォーミュラと妹のことを『マスターキー』だの『パスワード』だの抜かしてたはずだ。それは何か関係あるのか?」
「そこまでのことは、聞いておらぬでござる。ただひとつ真実は、拙者たちもこのワームホールを潜らねば転生の謎が解けぬということ。そして、いつまた我々が狙われんとも限らぬということでござる」
「おい! ってことはアイツら、まだ生きてんのかよ!? レーザービームで撃ち抜かれたんだぞ?」
そこまで黙っていた巌流が、ひと言で片付ける。
「待つより、討てと」
その言葉は、強烈だった。
またしても静まり返りそうになった場に、まさかの声が混じる。
『その意気でよし――』
ダックスだった。より一層、唖然とした静けさが増す。
「ダックス。皆の前でお喋りしないって約束でしょ?」
困り顔は、カノンだ。
「ワムワム」
犬に戻った。
そういう不可思議には驚かない巌流が、率直に花音へ訊ねる。
「カノン。もしやお主は、いつもダックスと会話をしていたのか」
「でも……ダックスが皆には内緒って。あ、兄ちゃんは知ってるけど」
「ヒフミ! なぜ黙っていた!」
矛先が変わった。
「いや、僕もなんていうか、空耳だったか夢だったか覚えてなくて。あの、何かすみません」
またしてもムードが悪くなる。
「でもね、ダックスはウソつかないよ? 大転生者の使いだから。転生のことなら何でも知ってるから」
「だーからよお。その話を洗いざらい聞きたいんだよ、コッチは」
「でも……ダックスが教えちゃダメって」
「うがあっ! 話にならねえっ!」
そして、この話題に一切触れなかったユルエが口を開いた。奇妙な発言には定評のある彼女だったが、今回ばかりはズバ抜けていた。
「実は私も転生2回目なんだけどぉ」
「「「はあああぁっ!?」」」
声を揃えたのは一二三とベルモット、そしてなぜかユルエ本人だった。
「あれ? 私、今なんて言った? えっと、なんだっけ。最初はねえ、トキワ、んーっと、お城のお姫様みたいな。あんまり覚えてない。てへぺろ」
静まり返るのにも慣れてきた一同だったが、食いついたのはシュルケンだ。
「ユルエ殿!? もしや、そなたは主様の、常盤御前の生まれ変わりでござるか!?」
「てへぺろ!」
目に涙を浮かべ始める傷だらけの忍者へ、ユルエの返事は軽かった。
「そうでござったか、そうでござったか……。拙者も、その後を知りもせず命を落とした身なれど。さぞかしお辛かったことでございましょう。確かに御前は、家臣どもにも位など気にせず、料理を振舞うのがお好きでござった。よく見れば確かにその御姿、主様の面影をそこはかとなく、どこかしら、ぼんやりと、薄っすらと、はんなりと」
似ていないようだった。
「すみません、話の途中で何なんですけど。僕も花音も、この世界の普通の住人なんです。家もあれば学校もあって、皆さんとは違って……」
「兄ちゃん、シャバ過ぎ。怖いって言えばいいのに」
「あのなあ! いちばん怖い目に遭ったのはお前じゃないのか!」
「別にぃ。ダックスいるし」
いい加減にウンザリし始めた顔のベルモットが兄妹げんかを止めたかったのか、
「おい、どうすんだリーダー。早いとこ決めてくれ。こういうグダグダが大嫌いなんだよ、オレは」
「そうだな。俺も好きではない。だったら今、決めよう。この穴を潜りたくない者は、今すぐに去れ」
一二三の頭に浮かんだのは、
(この状態で、誰が動けるんだよ)
そんな訳で、導かれし7人(+1匹)は正式に冒険のパーティーとなった。
『剣士・巌流 リーダー』
『剣士・沢渡一二三 実は主人公』
『料理長・ユルエ』
『錬金術師・ベルモット・オルウェーズ』
『忍者・手裏剣寿助』
『戦場医師・香月・フォーミュラ(マスターキー)』
『小学6年生・沢渡花音』
『ダックス・犬』
――七人の侍編 完――
次回より新章突入です。
ようやく『異世界編』が幕を開けます。
どうぞ期待してお待ちください!




