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50・池袋の忠犬


 電車の中の空気がおかしいのは、不揃いな彼らの格好のせいだけではなかった。びしょ濡れの男女5人は無口に、ひたすら窓の外を睨んでいた。


 そんな中、香月の身体がピクリと動く。他の4人がハッとした顔で彼女の顔を見る。そして彼女は静かに首を横に振る。そういったことが何度も続き、池袋駅に到着したのは午後の3時16分だった。この巨大な駅の中、地図にも乗らない小さな44番出口に出た。


「カヅキ、この間の騒動のあった場所を案内してくれ」

「はい……」

 横一列。駅に降り立っても、誰もが無表情だった。濡れた髪がそれぞれ、雨上がりの空で薄く光っていた。

 

「おい、何してんだユルエ」

「ん、『たまごっぴ』」

「お前な、今がどういう時か分かってんのか――」


 ムキになり始めたベルモットの肩を巌流が止めた。


「やらせておけ。こいつなりに気焦りしてるんだ。平常心に戻してるだけだ」

「……ちっ」


 しかし、顔も上げずにユルエが呟く。


「大事なことはね、きちんとやるの。決めたことは、必ずやるの。誰がバカにしてもやってきたから。だから私、高校行かなくなっちゃたんだもん」


 思わぬカミングアウトは特に何も巻き起こさなかった。代わりに、この中でいちばん気持ちが乱れているはずの一二三が続いた。


「そうですよ。いつもいるはずの時間にアイツがいない。それは僕に不自然なんです。だから同じことを続けるって、地味ですけど大切ですよ」


 それにしても、香月の場所特定に時間がかかる。いつもなら5秒で出てくる情報を待ち続けて2分だ。


「モンスター事件のあと『ゴーストストリート』って名前の付いた場所ならあります。でも多分、渋谷の時みたいに警察の規制が入ってると思うんです。行けるでしょうか」

「他に方法がないならな」


 そう言って当てもなく踏み出そうとした巌流の目が、遠くに何かを認めた。


「おい」


 その視線にベルモットが続く。


「おい」


 ユルエが『たまごっぴ』から指を離した。


「ほら。やっぱりこの時間だったよ。ダックス!」


 走りだしたユルエに、誰もが続く。どこからやってきたのか、普通に考えて、誰かに連れ出されたのだろう。そして、その誰かは花音に決まっていた。

 ユルエは腰をかがめて、ダックスと鼻を合わせる。


「ダックス。今ね、ノンノンとケンケンが大変なんだって。ちょっと頑張ってみたりしない?」

「ワム!」


 一二三が高鳴る胸を押さえられず、巌流へ向かって進言した。


「ダックスに案内してもらいましょう。飼い主に忠実なダックスフント。昔は猟犬だったらしいですよ。鼻も利きます。きっと、連れてってくれます。カノンの所に、シュルケンさんの所に」

「――命令は俺が出す。おい皆、今からはこの野良犬に従って行動する。決定だ」


 香月がラルシステムを閉じた。

 ベルモットが光る髪を一振りしてフードを深くかぶった。

 ユルエが引きずられていたダックスのリードを手にする。

 一二三にも迷いはない。

 巌流を先頭に、夕方の池袋の喧騒へ飛び込んだ――。


「おい、マジで頼っていいのかコイツ」


 被害を免れたサンシャインビル付近から路地裏まで歩くこと2時間。ダックスはむやみに歩き回るだけで、あちこちの電柱にマーキングを続けるだけだ。

 さすがの一二三も心配になり、


「フォーミュラさん。システム情報、何か更新されてないですか?」

「やってます。やってますけど、今以上のことはなにも。すみません」


 すでに夕暮れ。オフィスビルから吐き出される無表情なビジネスマンたち。どこからか聞こえるヒステリックなクラクションが、タクシーを急かしている。途切れない人波の中を、異質な空気を漂わせて5人は歩く。それもまた、大都会の中では見過ごされてしまうだけの存在だ。街では誰もが見えないヴェールに包まれ、包んでいる。


 進展や発見とはかけ離れた状況の中で何かが進んでいるとするならば、それは時計の針だけだった。誰もが分かっていたが、誰も口にしない。すれば、そこでため息が漏れるだけだったからだ。けれど、最初のため息は一二三の口から漏れた。


「何か……手がかりがなきゃ……」

「すみません……」

 香月が意味もなく謝罪を口にする。駅をぐるりと周り、ルミネ付近で膠着状態(こうちゃくじょうたい)になっていた。


「おいリーダー。言いたくないが、オレも1時間前から同感してる」

「待つだけだ。卜伝は、俺たちに『集まれ』と言ったんだ。待てばいずれ、向こうから動きがある。だから俺たちは歩き回るだけだ。この池袋へ、確かにやってきたということを示すために」


 そんな折、マーキングに止まったダックスが、そのまま動かなくなった。


「ダックスが、何か待ってる……」


 呟いたのは、リードを握っていたユルエだ。


「ソイツも、疲れただけなんじゃねえのか」


 ベルモットが路上に捨てられた吸い殻を踏みつけた。


「いや――確かに何か来る」


 巌流が言い切った。

 その言葉がそっくりそのまま現実に変わったのは、ビルの谷へ陽が沈んだ時だった。ビルの影が作るコントラストにユルエが目を奪われた時、さらに影がくっきりと色を変えた。


「ガンリュウさん! モノクロームワールドです!」


 モンスターの出現に身構えた一二三が周囲を見渡せば、ついに竹刀を構えた。


「いや、ヒフミ。様子が違うぜ。その節穴、もっと目を凝らしてみな」

「いるな。殺気がただごとじゃない」


 そんなベルモットと巌流のやり取りに、香月が慌ててラルシステムを開いた。


「そんな――亜空間が。私にも作れなかった亜空間が、巨大な亜空間が発生しています! どんどん、こちらへ向かってきてます!」

「なるほど。ようやく客人を持て成す用意が整ったという訳だ。見ろ、辺りの人間が消え失せている」


 言われて気づいたのは一二三だけだ。だけだった。他はもう、すでに誰もが気づいていたからだ。それほど静かな、空間の侵食だった。



「おいでなさいましたか――」



 声と同時に、地響き。白と黒の世界に光の柱が重力を伴って降り注いだ。いつか見た光景だった。


「随分な歓迎、痛み入る。早速、我らの友を返してもらおう。話とやらは、そこからだ。無論、話がなければこちらから仕掛けてもいいが」


 まだ何も見えない光の中に巌流が語りかける。

 と、ダックスがユルエの手を離れると猛スピードで走り始めた。薄く消え始めた光の中へ。


「ワム! ワムワム! ワーーーム!!」


 意味のない遠吠えではなかった。その鳴き声に答えた者が、いた。


「ダックス……!? ダックス!!」


 沢渡花音、幼い少女の沈痛な叫び声だった。


本日ラストは、もう1本同時投稿です。

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