47・胸中の闘い
本日は1時間ごとの連続集中投稿です。
「せめて、このくらいは拙者が」
何ひとつ変わらず色を取り戻した世界をあとに、シュルケンは香月を抱きかかえたまま河原へ戻った。
「あー、おかえりー。フォーミュらん、ラリルレロのシステムがよく分かんないんだけど。あれ? フォーミュらん、どうしたの?」
「心配ないでござるよ。少しテントへ寝かせていただければ」
疲れ果てた声が、背後から続く。
「はあ、はあ……っざけんなって話だ。てめえが女だったら、オレの胸まで抱えてもらうとこだったぜ」
だいぶ大きく育った胸を揺らして、ベルモットもクタクタだ。
「おー、ベルモっち。また練乳術使ったの?」
「うるせえ……怒鳴る気力もねえ。朝メシ、なんだ」
「辛くないカレー」
「もう飽きたっつったろ……」
女性陣の背中を追って、剣士2人も帰還した。
「ガンリュウさん。僕もやっぱり、正式な突きを覚えたいです」
「ああ、この木が折れたらな」
「はい!」
香月は寝せたまま、4人が芝生を囲んだ。もう夏は過ぎて、初秋の穏やかな風がカレーの香りを運んでゆく。
一二三はテントで制服に着替えて学校へ向かっていた。遅刻は確実らしい。
「なんにせよ、だ。これで実戦力は4人だ。カヅキにも救護班には出てもらうが。シュルケン、その護衛はお前に任せるぞ。今までのツケとして5人分は働け」
「いやはや、言葉もないでござる」
「ガンリュウ、甘やかすな。今日は7人だったろ。7人分、働かせろ」
食べ飽きたカレーのせいで、ベルモットの機嫌はすこぶる悪い。
「でもケンケン、ホントに忍者だったんだねぇ」
そういったユルエの命名には、もう誰も反応しなくなっていた。
カレーが残り一人分になったところで、香月がテントから暗い顔をして出てきた。
「私の……私のせいでシュルケンさんが……シュル……シュ……」
香月の目が点になる。
気の毒とは感じつつも、そこは本人に弁明させるしかなかった。
「カヅキ殿! 面目もないでござる! この通りで! この通りでござる!」
額を芝生に擦りつけて謝罪する彼に、香月は戸惑いながらも笑顔を見せる。
「いいんです。生きてらしたんですから。ただ、ホントに許してほしかったら、一回だけその覆面取ってみてくれませんか? 仲間なんですから、いいでしょ?」
そこには香月のささやかな意地悪が混じった。
「あー、そうだな。そりゃ仲間なんだから、顔くらい見せねえとオレも本気じゃつき合えねえぜ」
「私も見たいー! もしかしてイケメン? イケメンなの?」
「そ――某は忍びであって、忍びは忍んでこその忍びで、その――」
シュルケンが女性陣の追及に動揺を見せる中、巌流だけが他人事の顔で立ち上がるといつもの木陰へ向かった。それから、今朝の戦いを振り返っていた。
(魔物というのは、どれだけの数がいるのか。もしも10や100ではなく、我々と同じ数がいるとすれば……)
考えまいとするが、その不安はもっと別のモノに変わってゆく。恐れと空しさだ。
戦乱の世、かつては国盗りの合戦続きで誰しもが争い、闘い続けてきた。徳川の天下泰平まで続いた合戦は、果たして武士の心意気だけであったのか。御旗のもとに、といえば美しい響きだが、要は何千何万という人間が権力の政に踊らされて散っていったのだ。それは空しさとしか、巌流には例えようがない。
他にも、巌流の胸をざわめかせるモノはある。
成人もしない女子供が、なぜにこんな目に遭わなければならないのか。いつかはそれが『使命』だと感じたこともあった。卜伝の言葉を借りるならばだが。
しかし、一二三だけならまだしも、その幼い妹まで巻き込まれた世界だという香月の言葉が疎ましいものでもある。
国のことは国で決める。世界というモノがいくつもあるとして、それこそ他所へ持ち込むものではないはずだ。因縁というのは、それを持つ者同士でぶつけ合うものだろう。なぜ今、己が生きた時を越えて、この世界に自分がいるのか。それすら答えの見つからない現実を、巌流はがむしゃらに闘うことでしか払拭できないままでいる。目的の見えない争い。本気で受け取っていいのか分からない、香月や卜伝の言葉。
選ばれた、『導かれた者たち』なのだと香月は言う。大転生者などという出会ったこともない幻のような者の言葉に操られている気分が、食らう酒も胃を苦くさせていた。
1時間後、次話投稿します。