表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセカイセブン~僕だけ転生できなかった世界に、異世界人がなだれこんできました~  作者: ニーガタ
第二章・七人の侍編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/92

44・巌流の本気


「ダメだ! 何度言えば分かる! お前の剣には殺気がまるでない!」


 巌流による一二三の特訓は、今日も続いている。


「でも……。竹刀も力も、これが限界で……」

「だから言ってるんだ! 竹刀に頼るな! 力で押すな!」


 鬼がいればこんな形相(ぎょうそう)だろうという顔で、巌流が一二三を睨む。

「だったら……どうすれば。これが僕の精一杯なんです。これ以上、期待されても……」


 一二三は竹刀を地に下ろして項垂(うなだ)れる。剣士が剣を地につけるという気弱なその姿がさらに(しゃく)(さわ)ったか、


「分かった。お前は今日から竹刀を捨てろ」

「捨てるって――?」

「素手だ。今日からは素手だけでこの大樹(たいじゅ)を叩け。拳とは言わん。手のひらで、その根元から折り倒すつもりで叩け。一発ずつ、渾身(こんしん)の力で叩け」


 それだけ言うと、巌流は腰に刀を携えて斜面を上がっていった。振り返りもせず。それが小さく見えるまで、一二三は立ち尽くすしかなかった。



「それで、そのザマかよ。弟子も師匠もバカじゃねえのか。こんなデカい木が、素手で倒れるかっていうんだよ」


 両手のひらを血だらけにして倒れ込んでいる一二三に対して、ベルモットは冷ややかだ。ただし、一緒に現れたシュルケンは言うことが違った。


「ヒフミ殿。ガンリュウ殿が申すのは、心の持ちようの話でござる。誰も、このような大木を素手で倒せる訳がないのでござるよ。確かに人はそう考えまする。しかしそれは強敵を目の前にして『倒せるはずがない』と考えてしまう心と同じ。だが『倒せる』という、その心を以てして、鍛錬(たんれん)に励めと――」


 そこでシュルケンが言葉を止めたのは、河原に戻ってきた巌流が目に入ったからだ。


 もう薄闇という時刻、その影は憤然(ふんぜん)とした何かに満ちていた。両目が赤く燃えている。一二三はようやく、そこで理解した。本当の『殺気』というものを。


「見ていろ――」


 誰に言うでもなかった。巌流はそのまま一二三が倒れ込んだ場所まで近づき、大木に向かって掌打を打ち始めた。いきなり目の前で深夜工事が始まったような、凄まじい音が響き始める。


 ズン……!!


 まずは、木にとまっていた小鳥がけたたましい鳴き声と共に、何十羽と飛び去った。三度目の掌打で大木が鈍い音を立てた。四度目には明らかに何かの軋む音が聞こえ――。


「があああぁっ!!」


 巌流が四方数キロまで届かんばかりの雄たけびを上げると――、


 メリっ――! メリメリっ――!!


 湿った、鈍い音が聞こえる。


「おい……ウソだろ……」


 ベルモットが思わず飛びのいた。巌流が、もう一度叫ぶ。


「はあああぁっ!!!!!」


 メキメキっ――という、誰もがどこかで聞き知っている巨木の倒れる音だった。が、それはただ映画やアニメの効果音であり、なのに今はそれが目の前の現実として、そのままの光景を見せた。


 巌流が肩を上下に揺すって両腕をだらりと垂らせば、その大木――直径80センチを越えようという大木は、敗北を認めたかのように激しい音を立てながら、ゆっくりと倒れた。ぐしゃりばさりと枝が折れて潰れる音が止めば、あとは千切れた木の葉が風に舞うだけだった。


「ヒフミ。次はお前の番だ。ベル、この木を戻しておいてくれ」


 シュルケンまでもが腰を抜かした光景の中で、倒れたままの一二三が微かに目を開けた。

 その目が見つめる先には遠い一番星が見える。しかし一二三は、その遠い星に指の一本だけでも触れなければならなくなった。


 誰も動けない。動かない。

 ベルモットだけが、


「またオレかよ……」


 まだ身を包む恐怖から逃れるように呟くだけだった。




 その数日後、シュルケンだけが聞いた話だったが、

 ――「道場破りの場所がなくなってイライラしていただけ」

 だったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ