『回想・ベルケン(ベルモットとシュルケン)』
「ニンジャってのは、どうやってなるんだ」
9月の浅川の河川敷。遠くでは、夕闇の中で一二三が竹刀を振り続けていた。ユルエの夕食支度中、河に向かって小石を投げていたシュルケンに、ベルモットが声をかけた。
シュルケンは、手にした小石を水面に何度も滑らせながら答える。
「生まれ落ちたその日から、ただ日々の鍛錬を繰り返すのみでござる」
何度も川面を跳ねる小石は右へ曲がりながらも、50メートルもある向こう岸へ届く。その跡が消えない間に、彼は答えた。
「ははっ。赤ん坊が鍛錬するのか」
笑い飛ばしたはずのベルモットが、次の言葉で身を震わせた。なぜなら、
「まずは生まれてすぐに10日の間、山に捨てられるでござる――」
シュルケンが、ゴミの日でも口にするように平然と答えたからだ。
「すぐって、お前。赤ん坊をか!?」
「そうでござるよ。母の乳を吸うより先に、自然のすべてを身体に吸収させ、教え込むためでござる」
「し……死ぬだろう、普通に」
「ござるな。拙者は運良く残った一人でござる。同じ頃に、赤ん坊8人が生まれたばかりで死に申した」
飄々としたいつもの語り口で、彼は壮絶な話を聞かせた。
「そう思えば、拙者はその時に死んでよかったのかもしれぬでござる」
「なに言ってんだ。生きててナンボの人生だろ」
「そうでござるかなあ……」
少し寂しそうにしゃがみこんだ彼に、ベルモットもつき合う。
「まあオレも、似たようなモンだったかもしれねえ」
「錬金術師というのは、如何にしてなれるのでござるか?」
当然の質問が投げられた。
「家系だな。血筋っつうか。錬金術師は、女にしかなれねえんだ」
「左様でござるか。ベル殿は忍術で言う火遁や土遁、金遁の術を操れるようでござるが。それも血筋によるモノでござるか?」
「ああ。オレの家系は炎に特化した正統な錬金術師だ。この世界には、『火』『土』『水』『木』『金』のエーテルが存在する。自然の法則だ」
「それは『木火土金水』の在り方でござるな。西洋とて、自然というものは等しく平等でござろうからにして」
シュルケンは、握っていた小石をすべて河に投げ入れた。
「そうだ。この世に存在するすべての物質は、その構成で成り立っている。その成り立ちを理解し、操り、全ての錬金術師は古くから『純金の練成』を目指した。様々な金属を合成して、金を生み出そうとしてきた」
「純金、黄金を生み出すでござるか! それはひと財産築けましょうぞ!」
シュルケンにしてみれば、ジョークのつもりだった。金や銀というものは、混じりけの無い一つの存在。何を掛け合わせて作れる物ではない。でなければ、通貨として珍重される事もないのだから。
「そうだ。だから錬金術師ってのは、欲に目の眩んだ一族の末路なんだ。数百年も失敗を続けた歴史の中で、気が狂ったようにそれでも失敗を続けて引き返せなくなってる。プラチナムなんていう究極の金属まで妄想してな。そのうち古代の怪しげな儀式まで取り込んで、悪魔と契約するヤツまで出始めた」
「悪魔、魔の使いでござるな。忍びの中にも『魔』を呼び出す高等忍術があるでござるが」
「へえ。おもしれえな、ニンジャ。呼び出してほしいもんだ」
すっかりと笑い話に移った二人は、しばらく世間話の体になった。背中では、ユルエの炊く米の匂いが立っていた。
「ってことはニンジャってヤツも、錬金術師と同じようなことやってるって訳だ」
「ござるかな。忍びにとって自然とは調和するもの。その力を変えようとはせず、その大いなる力をひたすら恐れ、借りるのみのもの。自然は、人の手に余るものでござるからにして」
「謙虚だな。その精神がスプーン一杯でもオレの国にもあれば、私財を空にして路頭に迷う連中もいなかったろう」
ベルモットが、そばにあった小石を川に投げた。
そこに、シュルケンが立ち上がって見せる。
「お恥ずかしい限りではござるが、ベル殿にだけ見せたいものがあるでござるよ」
言うと彼は、河の縁まで進み、両手で水をすくい上げた。
「なんだ、飲むのか? フォーミュラの真似でもしてくれるってのか」
「いえ、滅相もござらぬ。拙者にできるのは、この程度でござるよ」
そして空中に水飛沫を飛ばすと、両手の指を絡め合わせた。すると、飛沫はそれぞれが小さな玉に変わり、空中で静止した。さすがにベルモットも驚いた。
「すげえじゃねえか。それがニンジュツか。水性錬金術者でも、なかなか真似できねえぜ」
シュルケンが指を解くと、水玉は草むらへと落ちた。
「ベル殿に比べればお粗末な術。この鍛錬の成果、何の役に立った試しはなかったでござる」
「もったいねえな。その鍛錬ってヤツ、アイツと同じくらいやってみたらどうだ。小雨くらいなら降らせるんじゃねえのか」
ベルモットは、竹刀を振るう一二三を振り返った。
「ござるな。しかし拙者にはもう、あのような若さと心の熱さがなくなったでござるよ」
「そんなことか。オレより若いんだろ? もうちょっと無茶してみてもいいじゃねえか。バカってのは、そういうのが得意なんだからよ。オレも含めてな」
「ござるな」
そんな小さな笑いの中、ユルエの声が響く。
「ベルモっちー。カレーのお皿作ってー」
「また辛くねえカレーかよ。シュルケン、テメエもそろそろヒフミに声かけてきてやってくれ」
「仕った」
夕陽が落ちれば焚火の周りに6人が輪を作る。それぞれが、なぜ出会ったのかも、まだ分からないまま。




