43・縄張り
この話の前に、ep.42・先バレ投稿『一二三特訓編』が入ります。
読み直し、どうぞ。
卜伝の遣いとして、千葉衆作が浅川の河川敷まで便りを届けに来た。受けとったのは、ちょうど買い出しへ向かうためテントを出ていた香月だった。
「卜伝殿からだ――」
若侍は不機嫌に横を向くと、古めかしい書状を彼女へ手渡した。
「シュルケンさんに頼めばよかったのに。でもわざわざ、ありがとうございます。よかったら、お茶でも飲んでいきませんか? それとも電車の時間がありますか?」
「俺は別に――」
「いえ、実はガンリュウさんに日本のお茶の淹れ方を教わったばかりで。誰かに味わってもらえたらと思っただけなんですが。やっぱり、忙しいですか?」
香月の誘いに、7人の侍たち最年少の千葉が頭を掻く。
「なんだそれは。毒見でもしろというのか」
「そんな。でも、確かにちょっと自信はなくて――」
「毒見ではないか。まあ、ただの茶葉が毒になるなら物の試し。飲んでもみたいものだ。つき合ってやろう。ただし、早くな」
いそいそとテントへ急ぐ香月の背中を見ながら、千葉はいつもの鋭い目つきを取り戻す。
(こんな小娘どもと戯れて――あのガンリュウという男、本当に俺より腕が立つというのか)
テントの前に据えられたアウトドアテーブルのそば。椅子はあったが、千葉は芝生に腰を下ろして待った。
やがて、香月が表へ出てくる。
「じゃあ、ご用意ができましたので――あら、椅子に座っていいんですよ」
「構わん。武士の茶は地に腰をつけ、胡座をかいて嗜むものだ」
「そうなんですね。じゃあ、私も同じように――」
芝へ茶器を置いて座り込んだ香月に、千葉がたじろいだ。彼女が短い裾のナース服のまま、ひざを組もうとしたからだ。
「貴様、女だてらに胡座など……少しは慎みがないのか」
「え? でもガンリュウさんがいつも、仲間なら同じように振舞えって」
(またガンリュウ。やはり女子遊びに呆けている腑抜けた浪人ではないか)
「仲間ではない。俺は客人として参っている。それを弁えろと言っておるのだ」
「はあ。だったら正座というのが……でも私、あれはちょっと苦手で。すぐしびれちゃうんですよね」
その素直な笑みに、千葉が目を外す。
「我慢しろ。茶を点てるというのは、型が大切なのだ。それで、肝心の茶はまだ出んのか」
「あ、はい。40秒待ってからって聞いてるんで、もうすぐです」
粗末なヤカンで湧かした湯に、これもまたユルエが100均で買ってきた湯飲み。素朴といえば聞こえもいい茶器で、香月が湯飲みにお茶を注いだ。
「どうぞ」
距離1メートルほどの対座で、千葉は湯飲みを手にした。そして無表情にひと口。
「娘――。お前はこれを、どのような湯で淹れた」
「え? どのようって、湧いたお湯を――」
「すぐに注いだだろう。熱い。せっかくの良い茶葉が台無しだ。一度、別の湯飲みに移して、冷ましたものを入れろ。あの男、そんなことも教えなかったのか」
そう言うと、千葉はやにわに立ち上がり、
「帰る――」
ひと口のお茶で背を向けた。
「あの! すみません! もっと勉強しますんで、また来てください!」
「来ん! 馴れ合いはいらぬ!」
言い残したあとは、秋風と共に去っていった。
「ほう。それで、この書状か」
戻ってきた巌流へ便りを渡すと、目を通した彼はニヤリと口元をゆがめた。
「何て書いてあるんですか?」
「ああ。これからの戦場は、縄張りを決めようということらしい。共闘はしないとな」
「そんな……。あの人たち抜きで、今の私たちじゃ……」
「勝てん。だからだ。だから急いでいる」
そんな巌流の視線の先には、河原へ向かってくる一二三の姿があった。




