40・陣取り合戦
日中の電車は、コスプレ侍の独擅場だった。周囲の乗客も2メートルは距離を保っている。
――「まあ卜伝さん。その渋谷ってとこの残骸でも見に行きませんか?」
一刀斎の軽い言葉だった。昨日の渋谷での怪物出現事件。ケガ人は多数いたが、運よく死者は出ていないという。ビルを10件壊して、ミミズは地中に帰ったとも。
卜伝も悩みどころだった。が、ある種の確信もあった。魔物を倒せなかった土地は、魔物たちに支配されてゆくのではないかと。
もしも実際、地球そのものの転移により星を奪われたとするなら、魔物たちにすれば生きる世界をいきなり奪われたようなものだ。ならば、向こうにも理はある。奪われた土地を取り戻すための、いわば陣取り合戦が始まっているのだ。
センター街は規制線を張られて、立ち入り禁止になっていた。7人の侍に同行したのは、一二三、巌流、香月の3人だ。
「どうすんだよこれ。入れそうにないぜ――」
一刀斎が口先を尖らせていると、予期しない人物が現れた。
「拙者が、様子を窺ってくるでござる」
まさかのシュルケンが、五階建てビルの上から飛び降りてきたのだ。
巌流も驚く。
「シュルケン。いつからいた」
「電車の上にしがみついていたでござるよ。拙者、皆の動向はすべて知り申している故に」
唖然とする周囲に、一刀斎だけが、
「キモっ。ストーカーかよ」
意外と現代の言葉使いに慣れているようだった。
「あの、ともかく。シュルケンさんは『こういうのだけ』は得意なんで、任せてみましょう」
褒めたつもりの一二三の言葉に、シュルケンの心が挫けそうになる。
「で、では拙者。見回りに向かうことにしますゆえ。失敬!」
言うと、影のように姿を消した。
「ヒョウっ。忍者ってのはこういうふうに頼れる訳だ。廃虚で火事場泥棒でもすりゃ、生活費には困らねえだろうから」
またしても一刀斎の減らず口が出る。香月がたまらず、
「そんなこと、シュルケンさんはしません! 拾ったバッグはきちんと警察に届ける人なんですから(返すまでに、いろいろ使わせてもらったんですけど)」
そこに卜伝が、
「まあ、のんびり待つとしましょう。おい信綱、お前が勘定方だからのお。お茶でも買ってきてくれるか。もちろん、こなたらの分もじゃ」
「はい。では、しばしコンビニへ向かってきます」
その背中には、エベレストに登山ができそうな荷物で紙幣が詰まっているという。まあ、質の悪い人物に見られたとして、返り討ちは必須だ。
と、そこへ焦った顔のシュルケンが戻ってくる。
「大変でござる! 魔物の巣から、何やら影が這い出てきてござる! こちらへ向かって――」
いう間もなく、世界がモノクロに変わり始める。
「おーい、通行人の皆さん。魔物が来てるぞ。動画撮影もいいが、まずは逃げた方が賢明だぞー」と、一刀斎。
最近ではニュースの拡散も多く、ほとんどの人間が周囲から去った。しかし、そこへ向かってくるのは巡回の警官たちだ。巌流もいつか見た顔だ。
「またアンタら――って、なんか増えてるのか? とにかく機動隊も向かってる。巻き込まれないよう、外に下がって――うわあっ!」
すでに警官の足を地中から握る者がいた。握る手があるということは、ミミズではない。
「ひ! ひいっ!」
しかし侍たちは、その様子を何事もせず、眺めている。
巌流が先に立つ。
「お主ら、放っておく気か――」
「いえいえ、巌流殿。まずは見極めですじゃ。相手がどのような魔物なのか――」




