39・問い、問われ
『香月・ユーカスティス』――目の前の老人は、確かにその名前を口にした。彼女の父の名を。
香月は目がくらんで倒れそうになる。それを支えたのは、いちばんそばに座っていた伊東一刀斎だった。
「おいおい。そういうのは夜の河辺で二人きりの時にしてくれねえか」
飄々と笑う彼に、香月はすぐに身体を起こして頬を染めた。
「ありがとうございます……」
彼女はそれから言葉を繋いだ。
「どうして父の名を、私の父の名を知っているんですか!? 一度目の転生先が、『惑星・ユーカスティス』だったんですか!?」
「やはり、縁の者でありましたか。ワシらをマルズ星へ送った方がユーカスティス殿でありました。いや、そのことを怨んではおらなんだ。あの御仁には、大変に世話になり申した。右も左も分からぬワシに、様々と教えてくださったよ。その礼として、ワシは自らマルズ星へ行くことに決めたのでございますよ」
香月はまだ信じられない顔だ。
「惑星移住計画のことを知っていて、それでも自分の意思で向かったというんですか? あの星は事前調査ですでに、危険な惑星だと分かっていたはずなのに」
「そう聞いてはおりました。しかし、我らは転生地の方々から集い、そして決めたのです。この生まれ変わりは、そのためのものであったのだと。誰も迷いはございませぬでした。戦場があるならば、そこがワシらの生きる場所と信じて――」
やはり香月には信じられない。わざわざ死に向かう意味が分からない。
「でも……。皆さんは……結局はそこでも……」
「その通りでござります。返り討ちに会いました。侍というのは、時に馬鹿でしてな」
卜伝は快活に笑った。
が、巌流は笑えない。
「そなたらが大転生者に会ったというのは、その後のことでございますか?」
卜伝は笑いを静かな笑みに変えて、
「そういうことじゃ。誰も皆、一度目の転生の意味は分からぬまま。しかし、二度目の転生では確かな意味をもらったのでござる。『武士ならば、鮮やかに散ることこそが本望であろう』と――」
「それが……この世界への転生だったんですか。また魔物の住むこの世界への転生が」と、香月。
「その通りですな。我らは剣の道を極める手段があれば、何でもやり申す。そこが修羅場と聞けば、尚のこと」
香月には、全く理解ができなかった。もしや巌流もそうであるのかと勘繰りもしていた。彼が暇を見つけては、近くの剣道場へ顔を出しているのを聞き知っていたからだ。
その話へ割り込むのは、千葉衆作。やがて北辰一刀流の開祖となる、幕末に生きた若侍だ。それが、巌流へと台詞を吐いた。
「卜伝様。巌流なるその者、本気で魔物に太刀打ちできると申せますか。今、ここで問いたくござりまする」
そうじゃのお――と、卜伝が長いあご髭を撫でながら、
「流派不明。が、剣の太刀筋は独自で優れておる。ワシの見立てでは、場合によっては、お主より強いかものお」
「な……」
そこから言葉を失くした千葉は、芝から立ち上がって、どこかへと歩き去った。侍という者は、十割をプライドで生きている。
香月の話に戻る――。
香月には、父がどこまでのことを話していたのかだけが気になっていた。この侍たちに世界のことを、宇宙のことを、まさかその先までは話していないだろうかと。
彼女は思う。何に対しても興味を押さえられなかった父が『異世界転生』などという事象を耳にすれば、飛びつかないはずがなかった。人の生と死、その永遠の課題に到達できるかもしれない現実なのだ。根掘り葉掘り、この侍たちから話を聞きだしたかったろう。そして、その代償は何だったのかと。
『不老不死』。その能力の開花を身に託された香月としては、出会ってはいけない者たちに出会った気がしてならなかった。




