36・第二転生
都合により、場所は浅川の集合テントに決まった。
侍姿のむさくるしい男たちどもが談議に耽るには、オシャレな駅前は似合わなかった。
というか、またしても警官に不審尋問されそうだった。ベルモットも、むやみに催眠パウダーは使いたくなかったろう。このホームグラウンドでだけは、騒ぎを起こしたくなかったはずだ。
河原では、ユルエが夕餉の支度に追われていた。そこへ、ぞろぞろと侍姿が現れる。どう見ても怪しい集団だ。慣れた今でさえ、近所の住人はどう思っているのか。一二三だけの不安材料だった。
そんな一二三は、巌流の言いつけ通り千回の素振りに励んでいた。
「ガンリュウさん! ベルモットさん! 大丈夫でしたか! 香月さんのラルシステム経由では収まったと聞いてますけど――」
けど――のあとが続かない。時代錯誤の格好をした7人の怪しそうな男たちを引き連れての帰還だったからだ。
巌流が、ひと声叫ぶ。
「いるヤツだけ集まれ! かなりの前進だ!」
テントから出てきたのは、香月・フォーミュラ一人。それからすぐに異様な雰囲気に息を飲んだ。見たことがない――といえば、ないのだが、しかし何かが彼女の記憶の中で蠢く。悪寒が身を包んだ。
7人の侍が芝生へ降り立つと、一刀斎が周囲を見渡し、まずは香月に視線を向けた。
「ひゅー。なんか知らねえが、可愛いお嬢ちゃんじゃねえか。その妙な衣も、なんつうんだ? キュートってヤツか。どうだ? 俺と団子茶屋でも行かねえか?」
テントから飛び出した香月だったが、男に嫌悪以上のモノを感じた。淡いブルーが金属的に輝くナース服には尊厳を持っていたが、この男は違うモノを見ている。彼女はこの世界に転生してから、初めて女性としての恥じらいを感じていた。
思わず両腕で胸と腰を抱いて竦んだ。
「おい一刀斎。場を弁えろ。娘子、まあ堪えてやってくれ。こういう男なのだ」
言い切ったのは、間壁氏幹。真摯さと大きな体躯を持ち合わせる、『豪傑』と呼んでも差支えのない男だ。しかしそれもまた、香月の身体を委縮させていた。
「ガンリュウさん、この人たちはいったい――」
身震いが止まらない香月へ、
「俺たちよりも、この世界、そして化け物のことを知る者たちだ。その話を享受に来た次第。構えず、せめて茶でも用意してくれ」
「は、はい……」
素振りを止めた一二三も、ようやくで集団のもとへ姿を見せた。
「ガンリュウさん。それって、転生やモンスターのことに詳しい人たちってことですか?」
「そうらしい。客人だ、粗相はするなよ。お前はとにかく鍛錬に戻れ」
「あ……はあ」
ユルエの煮炊きする白い煙が、夕暮れの空に立ち昇っている。
男たちはその周囲を、当然の顔で大きく囲むと座り込んだ。
「え? なに? 人数増えたんだけど? ちょっとベルモっち! このお鍋の具、もう一つレンセーしてほしいんだけどぉ?」
「できるか! つうか、するか! お前、いまだに俺の錬金術よく分かってねえだろ――」
「じゃあじゃあ――。フォーミュらん、もうちょっとお魚獲ってきてぇ。塩だけはいっぱいあるからぁ」
そんな気の抜けた会話に侍たちは心を持っていかれたようで、誰もがくつろぎ始めた。
「あの――お茶。ペットボトルですけど」
香月が甲斐甲斐しく、2リットルのペットボトルとプラカップを持って回る。
「ああ、忝い」
「気立てのよい娘じゃな」
「名は何という? ワシの倅に嫁がぬか?」
言いたい放題だ。
その輪の中央辺り、焚火を背に、巌流が卜伝老爺へ率直に尋ねた。
「とにかく、まずはそなたらの出自をお訊ね申す。この世界にあって、名は飾りかも知れぬ。不躾は承知で、そなたらの正体を知りたい。あの化け物を忽ちのうちに葬り去る技と、そして、どこからの転生者であるのか。拙者の耳が聞き損じていなければ、そなたらの幾名かは戦国の世から伝わる豪傑に、そして剣の達人であると伺い申すが――」
卜伝が、首をコキリと鳴らし、プラカップのお茶を啜ると答えた。
「ワシらは皆、一度は転生を経験しております。して、大転生者の言葉のもとに、この世界に転生を仰せつかった――いわば、『第二転生者』とでも名乗っておきましょう」
「なるほど、一度のみならず、二度の転生を、ただの興味でござりまするが、第一の転生場所を訊ね申したいのです」
卜伝が、お茶を飲み干して息をつく。
「『マルズ星』。とてつもない魔物の跋扈する世界――。ワシらは皆、そこで出合うた者どもでござる」
『マルズ星』――その名を耳にしてペットボトルを滑り落としたのは香月だった。




