33・理解や和解
夕刻。花音がダックスの散歩へ出かけると、また一二三の特訓が始まる。
「えやあっ! やあっ!」
ひたすらに竹刀を振り下ろしている一二三へ向かって、巌流は今日も木陰でビールだ。
「ヒフミ。お前がやっているのは剣道だ。いわば、剣の道だ。道筋を示すだけのものだ。俺が叩き込むのは、剣術だ」
「はいっ! せいっ! それは、せいやっ! 何がどう違うんですか!」
巌流は、飲みきった空き缶を宙へ投げる。と、やにわに立ち上がり、刀の鍔に指をかけた。
「!!!」
声は、聞こえなかった。空を切る音だけだった。そして宙に浮かんでいたはずの空き缶は芝生に落ちると、切り口も鮮やかに二つに割れた。一二三も竹刀を止めて見入ってしまう。
巌流は刀を鞘に収めると、涼しい顔で一二三へ問いかけた。
「お前、人を殺せるか――」
大人が子どもを揶揄う顔で、巌流は笑ってみせる。一二三は何も返せない。
「技だ――。空き缶を空で切る、ミミズを切り裂く、人を殺める。すべて、行きつくところは技あるのみだ。平然と人を斬れる覚悟がなければ、剣術は身につかん。どうだ、殺せるか」
今度こそ、一二三は答えなければならない。
「人は殺せませんけど、ミミズだったら……」
「そうか。ミミズに命はないか」
「……」
「まあ、日が暮れるまで竹刀を振り続ければいい。今は、それだけだ」
乱れていた呼吸を整え、砂利を踏み、一二三は竹刀を振り続ける。彼にできることは、今は他になかった。
一方、女子テントの中には3人が居残っていた。やることが、ないのだ。
充電の心配がなくなったユルエは芝に胡座をかいて、一二三のスマホで渡辺とチャットを続けていた。
なので香月はこの際だと、椅子に腰かけたままベルモットへ話しかけてみた。いや、尋ねた。
「ベルモットさん……。私、もしかして、あなたに嫌われてますか……」
もっと別の言葉で、遠回しに尋ねたかった彼女だが、そんなモノは指先で軽く弾き飛ばしそうなベルモットの性格は香月ももう分かっていた。
「オレが、なんだって?」
ベルモットは手のひらで500円玉を弄びながら、もちろん香月の顔さえ見ないままで尋ね返した。
「だって! だってベルモットさん……私にだけ呼びかけてくれないじゃないですか」
「はあ? そりゃ、用事がなきゃ呼ぶ必要はねえだろ」
「でも、だったらどうして――『おはよう』って、答えてくれないんですか。私、こうやって皆さんと生活する中で、一日の始まりくらいは明るくありたいんです。だから……」
「面倒臭えな。わーかったから。今後はメシの『お代わり』はユルエじゃなくて、お前に頼む。で、いいだろ?」
ベルモットが初めて、からかい半分であったとしても、香月へ笑みを向けた瞬間だった。
「大変でござる!! またあちこちでミミズが!」
まさしく忍者という素早さでシュルケンが土手を飛び跳ねてくると、まずはそう叫んだ。
 




