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32・まるで青春


 今日も早朝から、竹刀を振る音が河原に聞こえていた。巌流による、一二三の特訓が始まったのだ。

 一二三は裸足で砂利(じゃり)を踏みながら、一心に竹刀を振り下ろす。が、巌流はといえば、ただ木陰に座って眺めているだけだ。


「せえっ! やあっ!」


 開始から30分。朝とはいえ、気温はもう27度。一二三のあごからは、汗がしたたり落ちている。


「うるっせえなあ。ゆっくり寝てらんねえぞ――」


 目をこすりながらテントを出てきたのは、ベルモットだ。


「ベルモっちは早寝、遅起き。子どもくらい寝るからねー」


 火を起こして米を炊いていたユルエは、鉄鍋から目を離さない。鍋はユルエが無理を押し通してベルモットに練成させたものだ。元の素材は河原に不法投棄されていた、錆びた鉄筋だった。

 鍋にふせた分厚い木の板を、白い泡が持ち上げている。


「ねーえ、フォーミュらん。お魚、()れたあ?」


 強引なニックネームは別として、香月といえば、銅線の編み込まれた投網(とあみ)を、浅川のせせらぎに何度も投げていた。その網に電流を放出して、しびれて浮かび上がった魚をすくい上げるのだった。

 香月にしてもベルモットにしても、その大いなる特殊能力は、ユルエにかかると便利アイテムに成り下がる。大いなる贅沢だ。


「あと2匹くらい獲れるとといいんですけど――。あっ! 大物の予感です!」


 香月も、すっかりこの生活に馴染んでいた。シュルケンは、その辺りに生えている野草を集めまわっている。


「おはようございまーす。ユルエさん、お醤油、持ってきましたー」

「あー、ノンノン。ありがたいー」


 河原の上から聞こえてくるのは、自宅から通っている花音だ。その手にはリードが握られている。ダックスは結局、沢渡家で飼うことになった。

 一時は沈んだ顔ばかりだった花音も何かを振り切ったのか、明るい顔を見せるようになった。そしてやはり、ユルエの勝手な命名である。




「が……ガンリュウさん……。そろそろ朝ご飯っぽいんですけど……」


 足腰も立たず、腕も上がらない一二三へ、


「そうだな。あと100回だ」


 巌流は容赦がない。




「はあ……もう……」


 すでに誰もが食事を終えたところへ、(せい)(こん)も尽きた一二三がやってくる。


「ヒフミさん。お食事、テントの方に運んでます。涼しい方がいいと思ったんで」

「うん……ありがと……」



 8月も明日で終わり。今後は5人のテント生活だ。どこか香月へ対する嫌悪感を見せるベルモットを除けばなんとかなるだろうと、一二三は安心していた。



「兄ちゃん――」


 テント内で朝食にありついていた一二三のもとへ、花音が顔を出した。


「なんだ。どうせ、宿題が終わってないんだろ」

「違うって。まあ、終わってはないけど……。それより、ユルエさんにスマホ買ってあげれないかな。このままじゃ不便だと思うし」


 それは毎回スマホを奪われる一二三も思っていたのだが、「もう一台スマホが欲しい」などというわがままが親に通るかという問題があった。


 花音が、思いつめた顔で口を開く。


「私のスマホ――ってことにすれば買ってもらえるかもだし」

「けど、お前のスマホは中学からだって母さんも言ってたしな。ムリだろ」

「だから、そこをなんとかお母さんにもお願いするから」


 そこまでしてユルエを気遣う花音には、理由があった。

 

「夏休みも終わるし。部活だってあるし。いつもキャンプできる訳じゃないし。兄ちゃんだって……ユルエさんと連絡取れた方がいいでしょ」

「そりゃ、取れた方がいいよ。皆の状況も分かるし?」

「じゃなくて! そうじゃなくて、ユルエさん――兄ちゃんのこと好きみたいだから……」

「はあ?」


 一二三の頭の上には、いくつもの『はあ?』が浮かぶだけだった。


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