31・幼い覚悟
ベルモットの極大錬金術『ドラゴンズ・プレジャー』を目の当たりにして、唖然とする花音。
それは、この変貌した世界を認めざるを得ないものにするのだった――。
「兄ちゃん……これって……なに……?」
いまだ信じられないといった花音がこぼす。
一二三は、手を握ったままの妹へ、極力、穏やかに言い聞かせる。
「見ただろ? これは夢なんかなじゃいんだ。俺にも理由は分からないけど、この世界には、ユルエさんが見せてくれた動画のモンスターや、でも、それに立ち向かえる、ベルさんやガンリュウさんみたいなすごい力を持った人間もいるんだ。俺が言えるのはカノン、お前はその中で何もしなくていい。皆が守ってくれる。俺が、絶対に守ってやる」
花音はつないだ手を離すと、その右手のひらをジッと見つめた。変わらず浮かび上がる緑色の光。涙や恐れは、見て取れなかった。
男性用テントでは、一二三・巌流・シュルケンの3人が静かに語らっていた。ただし、そこには香月の姿もある。
「ベルは大丈夫そうだが。ヒフミの妹は、どんな様子だ。俺ですらそうなのだから、幼い女子には相当な恐怖だったろう」
それには短く、一二三が答えた。
「『大丈夫だ』って、それだけ言ってました。『分かった』とも」
続くのは香月だ。
「すべての理解は、誰もできていないと思います。でも、この先の懸念は避けられないです。また同じことが起こらないとは限らないですし、その時に果たして、その場にベルモットさんやガンリュウさんのような力を持った方が不在の場合、どうしたらいいのかと……」
シュルケンは口を開かない。そしてやはり、ランタンを灯したテントの中で、彼の影だけは薄っすらとしか見えなかった。
「俺に、提案がある」
「何か、方法があるんですか?」
巌流と一二三の、これも短い会話だった。
そして会話は終わらない。
「簡単なことだ。一二三、お前が強くなれ。あの化け物を一人で倒せるくらいの強さにな。剣を持つ者としてだ」
「で! できませんよ! 僕なんかが竹刀を振り回しても、県大会の試合にも負けるくらいの腕ですよ? あんなモンスターなんか相手に……」
「だが、言ったんだろう、妹に。『守ってみせる』と。それは闘いを俺やベルに任せて、逃げ回るだけということか。なら、『守る』など易々と口にするな」
そこへ、ようやくシュルケンが参加する。
「拙者も、忍びの端くれでござる。ベル殿のような真似は、よもや出来ませぬが。少しなりとも、そなたたちの助力になればと思ってござるよ」
しかしそこへ巌流――。
「俺は、お前のことは信用していない。それはお前が自分自身、分かっているだろう。それとも、俺がこの場で斬りかかってみてもいいんだぞ」
「そ……それは…………拙者にも言えぬことはござる。己の身を隠すのは、身についた性分。ただし、そなたたちに害成す者とは、ゆめゆめ思ってもらいたくは……ないでござるよ」
「まあ、それはいい。それで、カヅキだ。お前が見せた力――他には何がある」
シュルケンの弁明を無視するように、巌流が相手を変えた。
「私は――ただの医療従事者です。私がいた世界では、医療に特化した能力を育成する機関がありました。ただ――」
「ただ? なんだ」
「その育成期間も終わらないまま、国では争いが始まったんです。できることといえば、傷の手当、それから、微弱電流を利用した心肺蘇生くらいです……」
「蘇生? 死人を蘇らせることができるというのか?」
「いえ――死人ではなくて、重傷を負って一時的に呼吸や心臓の止まった患者さんを蘇生させる――ということです」
「十分だ。戦場では、何よりの力だ。それで一二三、お前はどうする。この妙な世界と身体の変化を、お前の妹は苦しくとも受け入れた。お前はどうする。竹刀を握るしかできない非力な男子として、それでいいのか。いいのであれば、俺はもう、何も言わん。逃げ通せ、妹を抱きかかえてな」
人間には、覚悟を決めなければならない時が必ず訪れる。一二三もそれは分かっていた。ただし、剣道部の主将として、ここぞと覚悟を持って挑んでも敗れた身だ。それでも、
――『逃げとおせ』
その言葉には、どうしても頷くことができない。
今のこの現状で『逃げる』という行為は『闘わずして負ける』ということだ。それは最大の屈辱だ。『負けてもいい』という心にだけは、逃げたくなかった。
「闘います――。巌流さん、僕に剣術を教えてください。叩き込んでください。泣き言は言いません」
一二三の決意に、巌流は笑みこそ見せなかったが、腰に差した鞘へ左指を添えると軽く頷いた。
大連投しました!
今夜最後の投稿です!




