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30・火炎の竜(ドラゴンズ・プレジャー)


「カノンさん。まずは、そういうことなんです――」


 香月は、ひざを抱えて炎を挟む花音へと語りかける。

 焚火を囲んで芝生へ座り込む中で、誰もが自身の話を語ったあとのことだ。花音のためだけに。


 深夜11時の河沿いの風は、炎を前後左右に揺らす。香月もまた、花音と同じようにひざを抱えていた。それ以上のことが言えないのだ。

 その花音は、その全てに耳を傾けてはいたものの、視線は斜め下を向いていた。仕方のないことだと一二三も思う。信じたくないのだ。



「で、ヒフミ。ここでオレの仕事なんだろ――」


 満を持したように、ベルモットが立ち上がる。その表情は、嫌々という顔だったが。


 彼女は、いつも目深に被っているフードを背中に回した。長いブロンドの髪がさらりと流れ落ちれば、焚火の炎と同じ色に染まってゆく。


「じゃあ妹。これからでっかいマジック見せてやるからな。それでも信じられないなら、帰って風呂入って寝ろ」


言うとベルモットは、まるでそこに球体でも見えるように、胸の前で丸く手のひらを翳す。


「錬金っていうのは、まず基本として超低温と超高熱を必要とする。が、(まき)をくべ、汗だくになって(ふいご)を吹き、華氏3000度(セ氏でおよそ1650度)の炎を必要とした時代は、オレが終わらせた。悪魔と結託してこの手に得た魔術は、新たな錬金を可能にしたんだ。あっという間だ。瞬きもせずに見てな」



 彼女のブロンドの髪が、ふわりと宙に浮かび始める。



「ウライ――ヒュウライ――グウライ――」


 英語でもない、誰も知らない異国の言葉を彼女が唱えると、その手のひらの中で朱色の明かりがぼんやりと浮かぶのが、誰の目にも分かった。

 と同時に、焚火の炎がおもむろに形を変えていった。それは固体化してゆくように輪郭を作る。


「マーズ――グラーズ――シリウズ――」


 ある者は息を飲み、ある者は手に汗を握り、ある者は『たまごっぴ』を手に――6人が見届ける中で、手中の光は怪しいほどに輝きを増してゆく。


 やがて空へ向かい始めた炎の柱。ベルモットは、その赤い球を焚火へと投げ込む。彼女は、忠実な猟犬へ命令を下すように大きく叫んだ。



極大錬金(きょくだいれんきん)の103――演舞する炎!『赤竜の(ドラゴンズ)感悦(プレジャー)!!!!!』」



 炎――という表現は、すでに的を射ていない。爆炎が造り出した巨大なドラゴンが両翼を広げると、熱風を巻き起こしながら夜空へ舞い上がった。炎は天空へ向かう赤い光の梯子(はしご)に変わり、その頂点でドラゴンが吠えた。

 

 ほんの数秒――10秒も経たないうちに、全ての出来事は、炎の竜が弾けて消えると終焉(しゅうえん)した。


 しばらく誰も、何も言えなかった。

 燃えカスと化した焚火の(くすぶ)りの中、沢渡花音は知らず知らず、隣に立つ兄の手を握りしめていた。


 その静寂は、ガクリとひざをついたベルモットの大きな吐息で破られる。


「はあ……はあ……。どうだ、妹ちゃんよ。これが今の、この世界の在り方だ。アンタの知ってる世界とは――」


 それ以上の言葉は続かず、彼女は満足そうに背中から芝生へ倒れ込んだ。ただし、その閉じかけた目が自分へと向けられたことを、香月・フォーミュラは気づいていた。




 そして――。


「ホント大きい!! デカい!! ベルモっちすごいよ!! こんな巨乳だったんだあ!!! なんかさ、見てるうちにどんどん大きくなってって――これもう最終的に、オッパイでビーチバレーとかできそうじゃん!?」


 誰もが飛翔して咆哮(ほうこう)する炎の竜に目を見張る中、どうやらユルエだけが違うモノを見ていたようだった。

 皆が見やると、横たわったベルモットの胸が大きく膨れ上がっていた。それが、ベルモットの言う錬金術の大きな代償だという事実は皆に知れ渡ってしまった。確かに、隠したくなるデメリットだったろう。



「大丈夫だ。眠っているだけだろう」


 やがて胸も元に戻り、ぐったりと眠りこけたようなベルモットの小さな身体を、巌流がテントの中へ運んだ。


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