25・導かれただけの者
「兄ちゃん。昔から思ってたけど、ガチでバカだったんだ」
巌流も、ユルエもいるその場所で、花音が頭を抱えた。一二三が現状を正しく正確に伝えた結果だった。
「だから……。信じられないだろうけど、そうなんだって。確率は――7割くらいだけど」
「あーそう。私、3割の人間なんだろうね」
一二三は願った。錬金術師のベルモットが戻ってくることを。あの超常現象を目の当たりにすれば、7割が9割にはなるだろうと。
「でさあ。まあ、この人がダックスの飼い主だって言うんだったら、私はそれでいいんだけど。でも、異世界とか生き返るとか、そういう設定はアニメだけにしてよね。ホンっト、バカなんだから」
巌流は木陰の中、芝へ腰を下ろして何やら刀の手入れをしている。動いたのはユルエだった。
「あのさ、妹ちゃん。ヒフミが時々いじってるアレ。アレってなんなの?」
馴れ馴れしさに定評のあるユルエが、花音を怯ませた。花音が怯む――それは一二三にとっても珍しい光景だった。
「あ……アレって何?」
「四角いヤツ。ずっと、指で触ってるんだけどぉ。ゲーム?『たまごっぴ』のデカいバージョン?」
眉をひそめていた花音だったが、
「スマホのこと?」
「何それ、やっぱゲーム?」
「あの……今どき絶滅危惧種なんだけど。お姉さんて、スマホ知らないの?」
「何それ――。なに? なになになになに!?」
勢いに負けた花音が、ユルエにスマホの説明を始めた。
「何それ!! これケータイなの!? 写真とか撮れんの? ビデオとか撮れんの!? レーワ、チョーすごいんだけど! チョーマジヤバいんだけど! それどこで買える? コンビニで買える? いくら? PHSくらい?」
「うっさいなあ、もう。兄ちゃんのスマホ、貸してもらえば?」
「あ! そうする! ねえヒフミン。シマホ貸して?」
女の会話は無理解で成り立つモノだと、一二三は芝生に寝転んでいた。ダックスも走り疲れたのか、その辺に寝そべっている。
それより、香月がテントから出てこない。
「じゃあ兄ちゃん。私帰るからね。ダックスのこと、ちゃんとしてね」
花音が帰った木陰で、巌流が磨き上げた刀を木漏れ日にかざしながら言った。
「妹か――。可愛らしいな」
シュルケンが戻ってきたのは午後の3時だった。
「かたじけない。とんと、手掛かりは見つけられなかったでござる」
ベルモットも、戻らない――。
「というと、ヒフミ殿の妹君が最後の7人目、そうであったと。いやはや」
顔中を覆面で覆ったシュルケンが、目の動きだけで感服していた。
巌流は、じっと河の流れだけを眺めていた。
「ああ。だが当の妹は頭ごなしの石頭だ。兄の威厳も何も、あったものじゃない」
「そうでござるか。人は確かに、自分が体験し、見聞きしたものしか信じられぬ生き物でござる。しかし我らはその不可思議な現実を知る者。どうにか妹君の心を引き寄せなければいけないでござるでしょう。しかしそれはもう、拙者どもには不可能なこと――。ヒフミ殿。どうか、ご決断を」