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23・沢渡花音


「あーもーお。お母さーん。兄ちゃんがまた、階段汚してるんだけどー」


「それはお前とダックスのせいだ」と濡れ衣を晴らしたい一二三は、一階のリビングから二階へと向けて叫んだ。


「お前がダックスの散歩のあと、足を拭かないからだろ! 俺のせいにすんなよ!」


 妹にだけ一人称も二人称も変わる彼は、あれ以来、ダックスの飼い主を探し回っている母を気の毒に思っている。その飼い主は、すでに寿命で死んでいるのだから。



 それよりも、昨夜の香月・フォーミュラの言葉だ。そんな訳はないと、どこかの別人だと信じたかった。それを。一匹の犬に否定された。



 ――「これで、7人の導かれし者は集った。さあ、お主らの使命を遂げよ。ワムワム」



 ダックスは昨夜、そのセリフだけ残して普通の犬に戻った。ただのダックスフントだ。『お手』だけはできるようだが、飼い主が『ハウス!』を教えていなかったことが悔やまれた。

 だが、そこで彼は思いつく。単純だが、この犬を追い払う絶好の策を――。



「母さん、ダックスのことなんだけど」


 彼は、手抜きの極致(そうめん)を用意している母へ、それとなく切り出してみた。


「ダックスの飼い主さんって人が、見つかったんだけど」


 とりあえず、面倒見のよさそうな香月を思い浮かべた。大転生者のことを信じていることが、希望だった。


「あらそうなの? 山田さん?」

「いや――『ヤマダ』っていうのは飼い犬の名前らしくて、飼い主さんは香月さんっていう人なんだけど」


 人間はウソをつくと、なぜかすべてを虚言(きょげん)で上塗りしてしまうものだ。


「そうなのね。じゃあ、その香月さんを呼んで、すぐにお返ししましょう」

「いやいや! 僕がちゃんと返してくるから!」


 それを聞いていた人物がもう一人いることを、一二三は忘れていた。



「えー、ダックス返しちゃうの? せっかく仲良くなったのに? 『待て』も教えたんだよ?」


 ついでに「ハウス!」も教えてほしかった。


「じゃあ兄ちゃん。私もその人に会うから。『ヤマダ』じゃなくて、今後は『ダックス』って呼んでって頼むから。


 一二三は見抜いていた。ここぞという時に、絶対に譲らない小学6年の妹の目を。


「浅川の河原で待ち合わせてるから。面倒臭いこと言うなよ」



 スマホも何も、連絡手段を持たない5人へどう伝えようと心配する一二三だったが、聡明そうな香月のことだと。なんとか、その状況を理解してくれないと願いながら河原へ向かった。



「若い女の子だけど、人見知りぽいから余計なこと言うなよ。俺が説明する」

「そんなこと、どうでもいいし。私、夏休みの宿題いっぱい溜まってるんだから」


 それは別件で、お前の話だ――とは言わない。一二三はただ、好奇心満載な妹の言動だけを気にしていた――。



「で、どの人がカヅキさん? 飼い犬がいなくなったのにキャンプしてる人とか、信用できないんだけど」


 一二三が状況を説明する間もなかった。ダックスのリードを握ってテントへと走っていった妹を止めることができなかった。


 河原のテントには、巌流とユルエと、香月の姿だけが見えた。妹はすでに狙いを見定め始める。まずは、香月が沢渡兄妹に気づいた。


「ヒフミさん、おはようござい……」


『フツーの犬の中のフツー過ぎる犬』といった雰囲気の、犬っぽいダックスのあくびに彼女は驚いた。何せ、一二三と大転生者の邂逅前に、彼女はダックスの存在を認識しているはずなのだから。その驚きが、彼女の言葉を選ばせた。


「ヒフミさん……どうしてダックスがここに……?」


 軽い驚きは、花音にも伝染する。


「兄ちゃん、ホントにこの人が飼い主? ヤマダじゃなかったの?」


人はウソをつく時は饒舌になる。一二三がまさに、そうだった。


「あの――お前がそう言ってたから。『飼い主』の香月さんも、これからは『ダックス』って呼んでくれるらしい。カヅキさん、そうですよね? 元の『飼い主』としては、短期間でも預かってくれた相手に、感謝の意を表したいからって。ですよね、カヅキさん。ですよね?」



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