42・先バレ投稿『一二三特訓編』
まだまだ先のお話の前振りです。
しばらく複数投稿ができないので、お詫びです。
「沢渡おつー。部活かー?」
放課後、竹刀袋を担いで教室を出る一二三へ、悪友の渡辺が気安く肩に手をかけてきた。
「いや、最近は別道場で稽古だから」
「別の道場? どこだよ。それより、ユルエちゃんって年上だったんだな。ガチガチの絵文字並べてさあ、なんか可愛くね? 中学生かと思ってたぜ」
ユルエは毎日、渡辺とのスマホチャットを欠かしていないらしい。内容はすべてユルエ本人が嬉しそうに話してくれるので筒抜けだった。『たまごっぴ』の成長状況報告やら、ネイルにハマり始めたやら、どうでもいい話ばかりだ。
ところでユルエのスマホは、一二三の妹の花音が親にねだって買ってもらったものだ。
――「ユルエさんと連絡取れないと不便でしょ」
その言葉で、自分が中学から持たせてもらえるはずだったスマホを、ユルエに譲ったのだ。ただ一つ、
――「だってユルエさん。兄ちゃんのこと好きみたいだから」
その誤解を解いておきたい一二三だった。
「とにかく急ぐからさ。そういうのはユルエさんと話してればいいだろ。じゃあ僕、行くよ」
「おう。今度、カヅキちゃんって子も紹介してくれるってよ。お前、意外と女関係、手広いんだな」
『そういう内輪話はやめておいてほしい』と、ユルエに伝えるべきことが一二三の肩にのしかかってくる。この勢いだとベルモットまで巻き込んで、最悪の状況になるのを恐れていた。
高校から真っ直ぐに向かえば、今日も河原のテントは相変わらずだ。巌流は木陰で刀を磨き、ユルエは日に1200円のやりくりで、5人分の食事を作っている。いつ見ても、何かの煙が立っている。
香月はといえば、テントの中で情報収集に励んでいるようだ。また渋谷にモンスターが現れたが、やはり誰かが狩っているのか、被害は増えていないという。
ただし、モンスターを倒せなかった地域はそのままで、瓦礫の町には警察の規制線が張られていた。モンスターの支配するその中を自由に動けるのは、諜報の手練れであるシュルケンだけだ。
「ユルエさん、こんにちは」
「おー。お帰りNASAぁのスペースシャトル!」
よく分からないので一二三はスルーして、
「ベルモットさんは?」
「100均。ライターないと困るんだって。私のネイルキットも頼んだらダメだった」
「はあ……」
分かったような、分からなかったような顔で、一二三は目的地へ向かう。
「ガンリュウさん、今日もお願いします! 今日も素振りからでいいですか?」
一二三は稽古着にも着替えず竹刀を携えると、芝生に座り込む巌流の前へ進み出る。
巌流は腰を浮かしつつ、
「いや、そうだな。お前もそろそろ大ミミズくらい一人で倒せるように、アイツらの仕留め方を教えていい頃合いだろう。一二三、お前は『突き』は得意か?」
「いえ。現代剣道では、突きは高校からの技なので、実践ではあまり使わないです。面目ないですが、苦手科目とも言えます」
「剣道部の主将が、突きが苦手か。話にならないな。お前の振りは、まずまずの太刀筋だ。子どもの実践稽古くらいなら一本もあるだろう。だが大ミミズにそれは通用しない。お前はどこかで、躊躇する癖があるからな」
躊躇の理由を、一二三は知っている。高一の実践稽古で手元が狂ってしまい、練習相手の耳にケガを負わせた。剣道において突きの打突部位は相手の喉元にある「突き垂れ)」に限定されいて、一二三の竹刀はそこを外れたのだ。
以来、それがトラウマになり、彼の竹刀は『安全な打ち筋』に限られてしまった。『組み打ちから一歩退いての面一本』を得意にしている彼は、その癖を見抜かれて、県大会では敗北したのだった。
ゆるりと立ち上がった巌流が、ひと言、放つ。
「お前の『突き』を見せてみろ」
一二三はすでに躊躇う顔を見せて、しばらく伏せていた『突き』の型を巌流に披露した。自分でも分かるほど、勢いのない突き出しだった。
「なるほどな。俺は以前、お前に、『人を殺せるか』と訊いたな」
「はい……」
「殺せるようになったか」
「それは……いえ……」
すると、向き合った巌流がゆらりと動いたかと思うと、居合からの――『真剣』での突きを、一二三の喉元につきつけた。見切れなかった刃の先は、僅か1ミリ手前の寸止めだった。一二三はまったく動けず、5秒後に脂汗を流した。
「これが、人を殺める技だ。剣の『道』ではなく、剣の『技』だ」
音も立てず刀を鞘に収めた巌流が、また訊ねる。
「お前は、妹を守ると言った。それを嘘にするな。今日からはひたすらに、この大木に竹刀を打ち込め。竹刀が割れるまで、それを続けろ。そこに、お前が守るべき者に襲いかかろうとする化け物の姿を映しながらな――」
その日を境に、一二三の特訓は凄絶なものに変わってゆくのだった。