17・ユルエ――現代の錬金術師
無力感が包みこむ集団の中、浅川のせせらぎは優しい。なのに、それすらも今は虚しい。
巌流が低い声を放った。
「この世界の金子金子に詳しいのは、一二三とユルエだけだな。お前ら、何か手はないのか」
そうは言われても、たかが中学三年の少年に人々が住めるような提言はできない。
するとユルエが、「あー」と間の抜けたような声を上げた。
「ガンリュウさんさあ、コンビニでお金出したじゃん?」
「ああ。出しはしたが、使えなかっただろう。しかも俺は試合相手との決戦前に刀の手入れをした身だ。金はほとんどない。あって、穴銭が十枚ほどだ」
ユルエが企む顔を見せる。
「だからさあ、それってチョー古いお金なんじゃない? チョーすごいこと考えたんだけど。もしかしたらぁ、マジヤバそうなカンジ――?」
誰もが疑問を隠せない中で、ユルエだけがニヤニヤと笑っていた。
「TMSんだけど!!!」
理解したのは、ユルエと一二三のみだった。巌流の持っていた小銭が、古銭商で87万円の売買成立を見せたのだ。興奮したユルエがもう一度、札束を数えている。
様々な意味で言葉を失っている周囲へ、ベルモットだけが問いかける。
「おい娘。何なんだ、その紙切れの束は。金のなんだろ? この世界での価値を教えろ」
ユルエが両手の指を折りながら難しい顔を見せ始める。
「算数、苦手なんですけどぉ。えっと、ゼロが四つで――あれがこうで――。たぶん、500円玉が1700枚くらい?」
「じゃあ、オレの錬金もしばらく休めるってことだな」
ベルモットのため息に、巌流も呟いた。
「ビールが、何本だ」
最近の巌流は、缶ビールがお気に入りだ。それとおにぎり二つで食事をすませている。
それはどうでもよいとして、たまらず一二三が香月へ尋ねる。
「カヅキさんの言う空間って、どのくらいの広さなんですか?」
「この辺りで例えれば――そこの建物くらいしかできませんが。すみません。ラルシステムというか、私の空間創造の限界なんです」
彼女はすぐそばの牛丼屋を指差した。
「イケます! 今すぐアウトドアショップに行きましょう!」
「力仕事は男の役目だろう」
四人用テントを平然と担いで歩くのは巌流。一二三とシュルケンは、もう一組のテントを担いで、そして歩く道のりは炎天下のアスファルトだ。
「ガンリュウさん……。もう少しゆっくり歩きませんか……」
「せ……拙者は大丈夫でござるが……」
「てめえら情けねえな」
「あの、ベルさん。その錬金術で車とかできませんか――」
汗だくの一二三がヘロヘロの顔で言うと、ベルモットが怒鳴りを見せた。
「できるか。オレはまだ、この世界のエーテルとマテリアルを十分に理解してない」
最後は小声になった。
「お前たち! 女子に頼るな! それでも男か!」
巌流が檄を飛ばす。
街中から大荷物で電車に揺られ、駅から30分をかけて浅川の河川敷へ辿り着いた。
「その……ここである必要って……あったんですか?」
もう息も絶え絶えの一二三が、浅川の芝生へ座り込む。
「何を言っている。お前の家が近いだろう。こんびにも近いし便利だ」
(この人、ビール飲めればいいんだろうな――)
などと一二三が思っている間もなく、香月が指示を出した。
「では皆さん。今から輪を作ってくれますか? 外界から見えない亜空間を円形に作り出します。そこでは外界から見えず、生成された亜空間にいた者しか出入りできません。では、今から空間システムを――」
言うと、彼女は目の前に空間ビジョンを作り出した。異世界では当たり前に存在するラルシステムだ。それを怪しげに見ているのはベルモットだった――。