16・集結の6人
浅川の河川敷に、5人の人者が思い思いに座り込んでいた。
土手からの芝を踏む足音にいち早く気づいたシュルケンが、素早く振り向いて身構える。
か、小心者の彼の警戒心を解いたのは、儚げなその姿のせいだ。
「皆さん……お名前を……。どうかお名前をお聞かせください……」
少女が一人、よろめく足取りで立っていた。そしてふたたび尋ね直す。
「ヒフミさんという方は――いらっしゃいませんか――――?」
不意に現れた、今にも倒れそうに肩で息をする少女へ、一同が目を向けた。
すでに何かを察した一二三だった。
「沢渡一二三は僕です。安心してください。お話だったら僕が聞きます。
彼がその場に座らせても、少女はあからさまな興奮を抑えきれない様子だ。息もままならない。
最年長の貫禄か、巌流だけが落ち着き払っていた。ユルエは渡辺とチャット中だ。
冗長な説明を省き、冷静な巌流が今の状況を、少女へ簡潔に話して聞かせた――。
「と、いうことなんだが。嬢ちゃん、信じるか。それとも信じたいか」
悲しみの色が見て取れた少女の目に、色味が増した。彼が述べた五人の名前を一人ずつ噛みしめながら耳へ収めた彼女は、両手で顔を覆い、呼吸が乱れるままに任せて、やがてそれは啜り泣きへと変わった。
「探していたんです。皆さんのお名前だけを頼りに……。夢のお告げが本当だったなんて――」
次は、少女が語る番だった。薄い水色のタイトなナース服に包まれた姿は、細く頼りなげだ。だとして、もう、その口から述べられる言葉は流れるように落ち着いたいた。
「香月・フォーミュラと言います。この世界で言う、16歳――ということになります。恐らく私は時空を超えて、この見知らぬ世界へ参りました。『大転生者』という方の話を疑うことなく受け入れるならば、私たちはそれぞれ一度、どこかで死んだことになります。生まれ変わった身だということです」
それから語られる彼女の過去は壮絶で、意味の通じない言葉が並ぶこともあったが、おおよその流れで皆が話を理解した。それまで身をもって感じていた不安と孤独を言語化されたためだ。
16歳の少女の言葉は、それほどに説得力をもっていた。
ある理由で祖国を失くしたこと。その理由が彼女自身の存在にあること。それらは転生者たちの胸にそれぞれ、枝から落ちるリンゴの実のごとく、すんなりと受け入れられた。
生まれた国が失われることの意味は、ある時突然に見知らぬ土地へと飛ばされてしまった誰もの心を揺さぶるものだった。奔放なユルエですら、目じりに涙を浮かべるほどだった。
だったのだが、ただ一人、納得がいかないのは一二三だ。
「話は……だいたい分かりました。カヅキさんがどれだけ大変な目に遭ったかということも含めてです」
そこで一度、言葉を止めて、一二三はゆっくりと続ける。
「……確かに僕は死にかけたような夢を見て、大転生者のお爺さんにも会いました」
苦し気な表情は、「でも――」という言葉に続く。
「でも――僕の周りの世界は何も変わってないんです。いつもの家に帰れば母さんがいて、妹がいて、夜になれば父さんが仕事から帰って――。知らない場所もない、知り合いは知り合いのまま。だから僕は多分、皆さんのように転生した人間じゃないんです」
間は、あった。皆が黙った。
それぞれが時代や世界を超えて、しかも何かの脈絡もなく集まってしまっただけ。『魔王討伐』などという、ありがちな話は何もなく、今はただ、それぞれの身の上話をしているだけだ。
そこへ、ベルモットが声を上げた。
「あのな、お前の話はともかくだ。こっちは住むとこねえと、どうしようもねえ。ヒフミ、この世界では、お前だけが頼りだ。500円玉10枚で住めるとこ探してくれねえか。それ以上は、オレの身体が持たねえ」
ないだろうな――と、一二三は首を横に振る前に、この大所帯に結束心があるのかだけが不安だった。
そこへ、まだ場に馴染めていないはずの香月が提案を始めた。
「あの――この辺りで、この人数が寝泊まりできるほどの空間なら、私がどうにかできますが――」
そして、巌流。
「不可思議な力なら、俺はもうベルで慣れている。なら聞こう。お前が言う寝泊りのできる場所は、どこなのか」
彼女が申し訳なさそうに答える。
「その……できると言っても、周囲から隔離された異空間です。建造物となると今の私には無理でして……」
そこにベルモットが追随する。
「俺はこれ以上、金は出さねえぞ。ただしこの人数だ。材料さえあれば何かできるだろう。野郎どもは、力仕事に励んでみればいいさ」
現実的ではない。またしばらくは無言の時が過ぎる。
本日は、ラスト投稿です。