14・忍んでねえよ
誰だ、と四人で見つめた先には、8月の陽射しに焼け死にそうな真っ黒な装束の人物だった。まずは巌流が目を細めた。睨んだ、という表現が近かったろう。
「お前さん、どこの隠れだ。伊賀か、甲賀か。どっちにしても見ない装束だ」
隠れ、という言葉の意味が伝わったのは一二三で、それを言葉に変えたのはユルエだった。
「何それ! ニンジャみたいじゃん! チョーウケるんだけど!」
忍者らしき人物は、取り繕うようにまくし立てる。
「いや、拙者は紛れもなく忍者――忍びの者でござる。その忍びがこうやって姿を現したことで、まずはそなたちに害を与える者ではないと信じてはもらえぬであろうか。とにかく願いがあるでござるのです。拙者はそこなる男子の言う『大転生者』なる老人に会うことを願って、方々を周っていたのでござる」
その目が訴えるものは真剣だった。顔を覆う黒い覆面のために、目しか見えなかったが。
「そこへきて、聞き捨ての出来ぬ名を耳にいたした次第――。お願いでござる! そこなる男子!『大転生者』なる老人の行方を知らぬでござらぬか。これでは拙者、姫君の憂き目に恨みを晴らすこともままならぬ……。一生の願いで頭を下げ申す! 何卒! 何卒……」
黒く隠した覆面の隙間からですら見て取れる涙に、まずは一二三が答えた。
「あの……。理由はまだ分からないですけど、その――」
「そうでござった! 拙者、まだ名を名乗っておらぬという無礼を致した。拙者は備後の国、『寒氷の里』の生まれ。『シュ、シュル――シュルケン――い、いや、手裏剣寿介』と申す者。伊賀や甲賀と比ぶれば名も知れぬ里。しかし主君への忠誠は誠のモノでござる。頼み申す! 何卒お力添えを!」
しかし、またしても巌流が疑い深い目を忍者へ向ける。
「備後の国の寒氷なあ、聞かぬ名前だが。貴様の主君は女だったということか」
「はい! 殿が毒を盛られて道半ばの一生を閉じようとした時、御前は凛と立ち、すべての者へ言葉を述べたのです。『備後の城は落ちぬ』と。それだけのお言葉で、全ての仕えし者たちは士気を一つにしたのでござる。そこへ……そこへ『ヒゼン』の寝返りさえなければ……。口惜しや……」
まるで時代劇だった。納得しかけているのは巌流。そして辛うじて一二三だけだ。
「まあ、経緯は分かった。ただ、お前は忍びだろう。ならば、その足を使って自分で解決するのが本望じゃないのか」
「左様でござるが……。ただし今の拙者には、この見知らぬ世界で何ひとつ手掛かりを見つけることがついにできないままでござる。そこへ来て『大転生者』の名前を聞きつけ、ここへ参った次第でござる。何卒――」
悲壮感がその場を満たした。それに感化されたのは、まさかの錬金術師のベルモットだった。
「いいじゃねえか、シュルケンさんとやら。手掛かりは多い方が助かる」
「いや、拙者、シュリ、ケンジュノスケであって……」
「まー、悪い人に見えないしさぁ。シュルケンさんの仲間入り! 決定!」
どうやら『シュルケンさん』で定着しそうな彼は、文句のひとつも言えない。深く頭を垂れるだけだった。
しかしそこで、巌流が一二三に耳打ちをする。
「あの忍び、あまり信用するなよ」
「え、でもマジメそうですし、腰は低いですし」
「誰でも、自分を偽る時にはそんなものだ。俺が見ているのは、アイツの足元だ。一人だけ影が見えないだろう。それだけで疑わしいもんだ」
巌流の囁きは一二三にとっては慎重で冷静であり、重く響いた。