13・お尋ね者たち
今日もやります。
回復作業――。
「ヒフミ! アンタちゃんとダックスちゃんのご飯用意するのよ!」
ひとまず犬が居ついた。
すでに稽古の意味も無くした夏休みの残り時間を、一二三は持て余すだけで過ごしていた。近頃、身の回りで起こり始めた奇妙な現象も深く考えることなく、友人の渡辺とスマホでチャットを続けるだけの時はムダに流れてゆくだけだ。そんなムダは時の流れだけではなく、スマホ画面の会話にもありありと見て取れた。
――「喋る犬って見たことあるか」
――『あるある。なんか万博の会場でAIロボットが挨拶してた』
現実逃避でもなく、受け入れる訳でもなく、一二三は家に居ついたダックスフントがふたたび何かを話さないかと呑気に構えるだけの毎日を過ごしていた。8月15日、世間では戦後80年のニュースばかりが流れていた。
そんな彼に運命の歯車が噛み合い始める瞬間が訪れたのは、翌日のネット情報からだった。何やら最近、怪しげなコスプレ侍と、ひと昔前の世界からやってきたような女子高生と、そして金髪の少女の三人組が都内を徘徊しているのだという。
(それって……)
居ても立ってもういられない、という訳ではなかった。ただ、あの日、自分の身に起こった不可解な出来事が、現実としてそこにあるという事実だけが彼の重い腰を上げさせた。
噂だけを頼りに向かったのは、電車で一時間の渋谷だった。クソ暑い上に人混みは絶えず、失敗したかとまずは後悔した。
後悔は昔から一二三の得意技だ。『上段の構えから素早く振り下ろす面』より得意だ。
初めての大きな後悔は、小学一年の遠足でおやつに失敗した時だった。大好きなチョコレート菓子ばかり買い漁ったおやつは、初夏の暖かさにドロドロのベタベタになった。
スクランブル交差点の往復で疲れ果てて向かったのは、これもまた密集地のハチ公前だった。それでも向かったのは、大勢の群衆がスマホを向ける先が気になったということに限る。
――「あれって、噂のコスプレ集団じゃない?」
――「ガチでいたのかよ」
――「あのマントキャラ。見てるだけで熱中症になるんだけど」
――「誰かサインもらってこいよ。転売とかできるんじゃね?」
群衆は様々に勝手な言葉を交わしていたが、一二三には想像がついていた。目当てのモノが、ようやく見つかった気分だった。
「あの、ちょっと前いいですか――」
かき分けて進んだ人の群れの先に、予想通りの人物が三人。人の目も気にせず座り込んでいた。思わず声を上げたのは、しかし一二三ではなかった。
「ほらねー。やっぱシブヤで大当たりじゃん」
「おう、少年。探したぞ」
「おい。また500円貸してくれ。勢いでなくなっちまった」
一気に人の目が一二三へと向かう。
「あの……とにかく目立たないとこに行きませんか? 尋ねたいこともあるんで……」
その思いつきはまたしても、一二三を後悔させた。中央線の快速で八王子へ向かう車内、あちこちでスマホのシャッター音が途切れなかったからだ。目立つなと言う方が無理だった。
改札を抜けると、すべての元凶である浅川の河川敷へ向かった。気が逸る一二三を横目に、三人はのんびりと観光でもするように歩いている。
駅から10分。それぞれが出没した場所へと集結すれば、あとは一二三の質問が先に立った。
「それで……。皆さんにお聞きしたいんですが。『大転生者』ってお爺さんに会いませんでした? それから最近、何か死にかけたとか、もしくは死んじゃったとか――ありませんでしたか」
すると三者が同様に顔を見合わせた。まずは女子高生が答える。
「何それ知らない。こっちのが聞きたいこと山ほどあるんですけどぉ」
続いて、
「俺も同意見だ。少年、お前はどうにもこの世界のことをよく知っているようだ」
「だな。とりあえず、どっか住むとこ教えてくれねえか。爆発しても燃えない感じのな」
言いたい放題だ。
「その、分かんないのは僕も同じなんです。確かに東京のことは、まあまあ知ってるつもりなんですけど。それより皆さん、知り合いなんですか?」
侍が肩をひと回した。
「知り合いというか縁だな。俺たちは皆、生まれも育ちも違うようだ。そこの異人のベルさんが、大方のことは教えてくれた。ここは俺たちの知らない世界で、何かのはずみで出会った。そこに少年、気づけばお前がいたということだ。その思いつきは、俺たち三人で出した答えだ。俺たちはなぜか、引き合う運命にあるのだろう。そして他にもな――」
一二三もまた、その言葉に頷くしかなかった。なぜならそこへ、
「その話! 拙者にも詳しく教えてくださらぬか!」
また余計な人物が、物音も立てずに現れたのだから。