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11・出会いを待つ者

深夜にコソコソやってます。

深夜にコソコソやってる方、どうぞ。


 果たして私は生きているのか――。

 根源的な問いが、香月・フォーミュラにはあった。


 どこか古い童話の世界に迷い込んだ気持ちで、彼女は街中を彷徨っていた。物体として存在する平面な二次元ビジョンが、これもまた古めかしいビルディングの壁面に貼りつけられている。そんな建造物の壁にもたれ、人差し指で目の前の空間を丸くなぞれば、ここが明らかに彼女の存在していた世界と時間軸でないことは一目瞭然だった。

 彼女が見つめているのは『ラルフィンガーシステム』。指先で空間にビジョンを作り出し、世界中の情報を得られ、物品購入もできるシステムだ。彼女のいた世界では、子どもですら使っていた。彼女はそれを物質化して、この世界での生き抜き方を身につけた。


(とにかく意味は分からない。世界の座標軸がまったく違う。ただ、まだ私が生きて存在していることは確かだわ)


 彼女はまた、街を彷徨(さまよ)う。夢うつつの中で『大転生者』と名乗った老人の言葉をそのまま受け取るならば、自分にはまだまだ為すべき使命が残されているのだと信じるしかなかった。大転生者の告げた、いずれ出会うという、導かれし6人の聖者の名前だけを記憶して――。



 彼女が不慣れな街に慣れるのに、実はさほどの時間は必要なかった。状況分析を行うためのラルフィンガープログラムは正常に作動して、小一時間の中でこの世界を把握した。把握したと共に、絶望した。故郷である、たった一つの星の運命を、絶望の中で知るのみだったからだ。もう戻れない、という現実に絶望を抱えた。



(夢でもいい。それでも出会わなければ――。それが夢の中の戯言であったとしても、老人が告げた六人の聖者を信じて、探さなければ。時は必ず巻き戻せる――)



 この世界で言う16歳の香月・フォーミュラは、最新鋭型のシステムツールですら探し当てることのできそうにない、奇跡に近い出会いを、ひたすらに待ち続けた。この異世界の、きっとどこかに存在するという残された不安と、迷いと、光明と、そのすべてをスプーンでかき混ぜた。街の片隅のカフェで祈るしか手立てがない中で、首筋の金の鎖を指でなぞっていた。



 ここで彼女の生い立ちと宿命を、いま一度、連ねる必要がある。

 彼女はこの第三世界の惑星と遠く離れた場所から、次元すら越えた星へとたどり着いた――らしい。


 それはそれとして、権威ある理学者だった父の生涯研究テーマであった『生体細胞の無制限増殖と脳内記憶能力のパッケージ化。それに要する絶対現象としての生体復元――不老不死』。

 そんな途方もない研究は、ある日のこと、彼女の父親の暗殺と共に彼女の身へ宿った。彼女の父は、ただ一人の愛娘(まなむすめ)を量子メモリとして利用するほどに、その研究へ没頭していたのだ。自分の死を察知した瞬間に、その全てが娘の肉体へ転送されるように。


 その事実を知り得た者は数少ない。共同研究者だった二人の人物のどちらか、それとも両方か。とにもかくにも、そんな世界を震撼させる事実が、ほどなく暴露された。


 各国の主要人物は彼女の脳内――そして体内に満ちた超常現実に翻弄され、それはまるで指名手配犯のごとく彼女を探し回り始めたのだ。死への恐れは、誰にでもあった。それは、権力者であるほど。


『彼女がその辺りに潜伏しいるらしい』という根拠のないデマが流れれば、どの国も先を争っては地域を占領下に置いた。

 世界中のあらゆる攻撃兵器を失くし、平和と調和をもたらしたかのように見えた国際法も束の間に、『不老不死』という夢に踊らされた幾ばくかの権力者によって意味を失くした。

 核兵器がなくなろうと、貧困がなくなろうと、人の欲望は限りがなかったのだ。そこには必ず醜い争いが生まれるのだった。


 彼女の身を(まも)るための良識ある集団も、また存在した。しかし存在したが故に、情報を嗅ぎつけた者たちによって、その周辺は毎回戦場と化した。

 兵器なき世界の争いは残忍で、直接的で非道で、毎日数千の人々が(むご)たらしい死に追いやられた。『短刀でめった刺しにしても尚、死を迎えぬ者。それこそが不老不死の能力を秘めた、たった一人の人間である』という、最悪の風評のもとに意味のない殺戮(さつりく)は繰り返された。そして、その最後が、核兵器による終劇であった。


 彼女――香月・フォーミュラは時と出会いを待っていた。時は令和7年、西暦2025年の8月2日。沢渡一二三が県大会の試合で敗れることになる、10日前のことだった。場所は西新宿の片隅。夏の陽射しは猛烈に街を焼いていた。


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