9出会うべき者たち①
8月13日の朝は、夜露が軽く芝生を湿らせていた。遠い橋梁を真っ黒な影にして昇る朝日は、始発電車までを小さな影にして走りゆく。
「ねえねえ、サムライさんさあ」
「ガンリュウでいい。それより昨夜は寒くなかったか」
「いや、真夏の河原でちょっとキャンプしてだけだしぃ。それより、ふわぁ――ねむ。でもホント、ここどこなの? 全然知らないとこなんだけど。私、なんでこんなとこにいるんだろ」
「それは俺も考えていた。決闘のさなか、俺は確かに斬られた覚えはある。死を覚悟したものだ。しかしそれが、目を覚ませば見知らぬ河原で見知らぬ風景を眺めながら、見知らぬ女子と話している。解せんことは多いが、まずここは俺の知っている土地ではない。さながら異国だ」
昨夜の残り火も消えた炭跡を棒切れでつつきながら、巌流がこぼした。続いてユルエが、
「とにかくさあ。この辺、ちょっと歩いてみない? 近場に駅とかあれば分かるかもだし。あ、ただ警察はなしね」
「ケイサツ――。お前が話していた見回り番のことか。それならば俺も同じことだ。身明かしなど、いざこざの種にしかならないからな」
ギャルと侍の会話は、早朝から噛み合っているようで、どこかがズレている。ただし、いきなりの状況変化に順応できるという点で、両者は合致していた。
「まあ、お前の言うことは正しいだろう。どれ、それでは散策に出かけるか」
「いいけどさ。その『お前』っていうのチョベリバなんだけど。まだ知り合って何時間だよ? 私もオジさんのこと『ガンリュウさん』って呼ぶから」
「そうか。じゃあユルエ、一緒に行くとするか」
「呼び捨ても――まあ、いいか。それよりケータイ、バッテリー完全に切れてんだけど。充電器ないし――。でもまあ、行こうか」
時は数時間後へ流れ、一二三は近所のコンビニへ出かけていた。ダックスの世話は母親に任せた。
歩いて5分、彼はいつものコンビニの前に珍しい光景を見かけた。
この暑い盛りに、赤とベージュをチェック柄にした長いフードマントを引きずって、何やら立ち尽くしている背の低い少女がいるのだ。
フードから覗く髪はブロンドで、どうやら外国人だろうかと、一二三はそれを横目にコンビニへ入ろうとした。その時だ。
「なあアンタ、小銭持ってねえか。オレの金じゃあ、何も買えねえって言われるんだ」
カツアゲの類いかと逃げにかかったが、少女は一二三のシャツの裾を握って離さない。
「えっと――。外貨の両替えとかなら銀行に行けばいいと思いますよ?」
だがしかし、
「じゃなくてよぉ。ちょっと借りるだけでいいから。5分も待てば返してやるよ」
変わったカツアゲだ――とは思うものの、日本の文化に慣れていないのだろうと、一二三は財布から500円硬貨を少女に渡した。面倒なので、くれてやるつもりだった。
「ありがとよ。あとでちゃんと返すからな」
フードの影で小さく笑った彼女は、硬貨を握りしめると何やらブツブツと外国語で呟き始める。一二三はそれ以上を気に掛けず、コンビニのドアを抜けて店内へ入った。
十分も店内を物色しただろうか。一二三はコーラとチキンフライとおにぎりという、結局はいつもの商品をレジに通して外へ出た。彼の母は、朝食だけは手を抜きたい女性だ。そしてまだ、ブロンドの髪の少女はそこに立っていた。
「兄ちゃん、ありがとよ。これ、返すぜ」
期せずして戻ってきた500円硬貨を一二三が受け取ると、少女はさらに言葉を繋げた。
「兄ちゃんよぉ。ことのついでに、この辺のこと教えてもらいたいんだけどな――」
どこか抗えない雰囲気に、彼は少女を近所の公園まで案内した。イングランド――イギリスからやってきたのだと、少女は言った。その顔に不安の色はなく、やはり小さな笑顔を見せるだけだった。
まだまだ、回復執筆中です!
元ネタは消えていないので、時間があれば掲載していきたいです。
よろしくお願いします。